開かさタナ波真yâra和音。 -11ページ目

開かさタナ波真yâra和音。

一緒にガンダーラへ



「不顕性感染」という言葉を初めて知った。


「終わり初物」という言葉を初めて知った。


「富山県」だけが本州から離れていたことを初めて知った。


いくつになっても、知らないことばかりだ。
知らないことだらけの中で、
知った気になっている我に気付けたことが大きな収穫だ。


知ったかぶりして
人を愚弄するような者や、

ある専門性に優れているからと
歳上を小バカにしたようなもの言いをする若者を

最近は「ぷぷっ」と微笑ましくさえ思えるようになった。


成長段階なんだな、って
見守れる余裕ができた。


生きてきた時間。
流してきた涙。
死にたいと思った回数。
大切な人を失った回数。


今、世界では人為的なのか、
神様の業かはわからないが、

確実に浄化作用が
始まっている。

皆が、目に見えぬ力に生かされていることを感謝し、

この地球という惑星を大切にし、

自分や家族や友人や隣人やまわりの人を大切にし、

国を思い、地球を思い、

生まれてきてから戦争のない平和な時代を過ごせてこれたのが
誰のおかげかを知り、

全てが


当たり前じゃない


ということに気付くまで、
真綿で首を絞められるような混乱は続くだろう。


個人的には、
神様からの「警告」だと思う。

確かに、ある種の策略を感じることは拭えない。


でも。


一番大切なことをなおざりにして、

「享受することが当たり前」

みたいに
権利ばかり主張し、
グローバルを謳いながら
分断・分裂し、
聖徳太子の十七条憲法もどこ吹く風みたいになってしまった今、

ある程度の引き戻しがあっても仕方がないのかもしれない。



あくまで、主観に過ぎないが…。



しかし、自然の摂理はいつも一寸の狂いもない。

この世に悪がいたとしても、


必ず最後に
愛は勝つ。

今日、槇原敬之氏が保釈された映像を見た時、朝らは小稀有に似て見えたのは、私だけだろうか。

メディアから流れる情報は、
全て「見せられている」情報だ。

自分の脚で見に行って掴んだ感覚や情報を信じよう。


今日は疲れているのに、
なかなか眠れない…


そんな日もあるさ と
そろそろ眼を閉じよう。

阪神大震災の日も
普通に明日の朝が来ることを
誰も信じて疑わなかった。


明日の朝、普通に目覚めたら、
感謝からスタートしよう。

「おはよう」には
そんな意味が込められている。


今日も一日ありがとうございました。

皆の週末に、安心が降り注ぎますように。

Spirale-spirale 虹キラキラ