「 季節の変わり目には雷が鳴るんだよ」
さして親しかったわけでもないし、話したことだって数えるほどしかなかったから、あのひとのことを思い出すことなんてほとんどないけれど、雷を見る度に、この言葉が耳の奥で聞こえてくる。
彼女はぼくの知らないうちに遠いところへ行ってしまった。
そうだとあらかじめわかっていれば、いくつかの気の利いた言葉も言えたかもしれない。ちゃんと記憶に残せるお別れができたかもしれない。
いや。
わかっていたとしたら、いったいどんな言葉を彼女に伝えられたというのだろう? ぼくが用意できる言葉などたかが知れている。きっとぼくは口をつぐむだろう。だって、それがぼくにできる精一杯のことだから。
これで、本当に夏が終わったんだな、とぼくは思った。明日からは秋だ。焼き芋の季節。
知らぬ間にやってきた雷は、気の済むまで光るだけ光って、いつのまにか、どこかへ去っていった。
あとには、ただ、いつもの静かな夜が残されているだけだった。
で、
よし、そろそろ晩ご飯でも作るかー‼️ とフライパンをセット。コンロのスイッチをガチャリと回した。
火がつかない。
まあ、いつも”つき”が悪いから、何度かがちゃがちゃしてみたが、いっこうにつく気配がない。おかしい。なにかがおかしい。
ピンッ‼️
玄関を抜けて、郵便受けまで裸足で走り出す。ポストをカチャリと開けてがさごそやると......
あった。
四角い封筒。これ、前にも見たことあるやつ。
うわあああああーーー‼️‼️
ガス止まってるーーー‼️‼️
いつも帰ってくるとポストを覗くんですが、今日は直感的に、なんも入ってないべ、とスルーしていたのです。
再開の依頼は......もうすでに時間外。アウト。手の打ちようがない。
待て待て、今夜はハンバーグを作る予定で、準備してあるし、ごはんもすでに炊いてある。しかし、ガスが使えないのであれば、料理できん。
くっ、今日はあきらめて外食に切り替えるか。と、思った矢先、待てよ、とこれまたピンッ! ときた。
水道、ジャーーーーーーーーーーーー......
やっぱりお湯出ないいいいいいいい‼️‼️
さよならお風呂。
と、言うと思っただろう? 甘い。ははははは‼️‼️
こんなときのために、あいつがあるんだよ。
引き出しをガラリ。
ジャーーーン!!
前に真希からもらって使わずに取っておいた銭湯の入浴券・大人1枚。こういう不測の事態のために大事にしまっておいたのだ。さすが、見事な先見である。こんなことで簡単に屈するわたしではないわ!
と高らかに勝利宣言をしたものの、よく見ると、
期限切れてるやん‼️‼️
......ほう、なるほどね。
楽しくなってきたぜ。
そうくるなら、上等だぜ。
押入れをガサガサ。
お前の出番だぞ、と取り出したのは、
キャンプで使おうと用意していた固形燃料🔥 この前計画しておきながら直前で頓挫した一泊登山で活躍するはずだったが、なるほど、すべてはこのためだったのか。
こいつで作ってやるよ、ハンバーグ。
火加減は、フライパンの高さを変えて自力で調節する、しかない中、極限まで高まった集中力でなんとか乗り切り、キャンプ・スタイルで見事おいしく焼き上げる。ざまあみろガスコンロ。
たらふく食べ終わると、次だ。
そう、風呂。
入浴券が使えないからなんだと言うのだ。上等だぜ。
払ってやるよ❗️ 450円‼️ (あああ、ひとっぷろ450円は高い......150円くらいにして😭)
徒歩圏内にある、いままで前を通りかかったことのあるだけで、いつか来てみたいなと思っていた地元の銭湯。ついに、そのときが!
暖簾をくぐると、番台におばあちゃんが座っていて、いかにも銭湯らしい銭湯。いい雰囲気。男湯に足を踏み入れると、おじさんが3人だけ。ロッカーに荷物を押し込み、服を脱いで、ガラガラとドアを開けた。ケロリンの黄色い桶とイスを持って洗い場へ。
天井が高くて、なんだか涼しくて気持ちのいい空気。ひっさびさの広いお風呂!! 頭をわしゃわしゃ洗いながら見上げると、モザイクアートのような大きな銭湯絵が。富士山ではなく、どことなく岡本太郎を彷彿とさせる、人類愛がテーマ、みたいな絵が銭湯を見守っている。反対側に設置された時計は20時32分で仕事を終え、黙ってじっとしていた。
身体も洗い終え、こじんまりした浴槽へ。それでも身体いっぱい伸ばせる風呂に入ったのはスーパー✴︎ひさしぶり。
なるほど、と思った。真希が一人でよく銭湯に行っているという話を聞いていたけど、確かに、こりゃあ気持ちいい。その気持ちすごいわかった。広いお風呂って、こんなに気持ちが解放されるんだね。なんか泡がすごくぶくぶくしているし。
少なくとも20分は浸かってやろうと意気込んでいた。ゆったりと、湯ったりと。頭にタオル乗せちゃったりして。楽しむためには雰囲気が大事ですから。
考え事しようと思ってた。最適な環境だと思ったから。じっくり、ぶくぶく、ぽかーんと、考えようって。
でも、なーんにも考えられなかった。口開けて、ダラーんと足伸ばして、子供みたいにバタ足したりして、頭からっぽで、たちのぼる湯気に溶け込むみたいに。一瞬、自分がいまどこにいるのかわからなくなった。
いま、ぼくはどこにいるんだろう?
たぬきにさよならして、家路に着いた。濡れたままの髪が風に気持ちよかった。
ぼくの知らなかった夜になった。
悪いこともいいことも、どうやら、ぼくの一部みたいだ。