三井(仮名)とは、僕が小学校1年の時からの幼馴染で、とにかく大好きだった女の子である。誕生日の時には、テニスをやっていた(その子が)事もあり、エレッセのスポーツタオルを厳選しては家まで渡しに行った事もある。

緊張のあまり、西友で買ったそのプレゼントをどうやって渡そうか考えすぎて、その子の家の前で右往左往とまるで不審者のようにウロついていた事を思い出す。

ある日、中学校の体育準備室という、今ではあるか分からないが、中学校の校庭片隅にある、やや大き目の物置小屋のような場所へ数人の女子に呼ばれた。

なんの用かと秋雨が降る中、僕は部活が終わった後に1人そこへ向かった。

誰もいない準備室。
パシパシと打ち付けるトタン屋根の雨音と、『その小屋』特有の、汗とも油ともいえないなんとも滑ったその匂いを、砂埃と粉塵に混じえながら感じていた。

そこへ、呼び出した数人の女子が現れる
来た来た。と、なにやら楽しそうに盛り上がる女子達

なんの用かと尋ねる僕に、ちょっと待ってて、今来るから、との返答。

…??


不思議に立ち尽くしていると



そこへ三井が現れた


…っ。

じゃ、あとは頑張って。と、その女子達は雨の中楽しそうに立ち去っていく。



……

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


中学校から少し離れた場所に、天神社と呼ばれる中規模の社がある。普段は人が居ないが、10月のある時期になると盛大なお祭りが行われる。野寺中、新座五中、青嵐中、保谷中、ばり中(ひばりヶ丘中)などの面々がこぞって姿を現わす。そして、これでもかと言わんばかりにはしゃぎ回り、数人の各中学のリーダー的グループを筆頭に縄張り争いを始める。

僕はー、と言うと



ひたすら「型抜き」をやっていた。


「型抜き」
今はもうめっきりとその屋台を見かけなくなったが、小さな煎餅のようなモノに描かれた様々な型を彫り進めていくのである。

馬、鳥、団子、傘、星、得体の知れない模様

それらをお客は、用意された画鋲やピンなどを用い『煎餅が割れないよう』丁寧に彫り進めていくのだ。

型抜きを200円程で購入し、白い紙の包装紙をまず開ける。中から姿を現した型入りの煎餅を、見事型通りに彫り切る事が出来たら、それに充てがわれた賞金が頂ける。

簡単なものは相場200円〜400円程。

難しいもの、中でも『団子』🍡は10,000円の賞金が付いていた。

団子と団子の間の細い部分が異常なまでに難しいのだ。少しでも力を入れ過ぎてしまうとたちまちに割れてしまう。しかもそれが3連続待ち構えているという驚愕の難易度。下手に「団子」に出くわそうものならその破格の賞金と驚異の難しさの余り、祭りには殆ど参加せず型抜き屋のブースに数時間居座ることになるほど。それぐらい、ハマった。


その時僕は部活の集まりがあった為、祭りの参加には出遅れた。

普段なら小銭をかき集めて、母親にお小遣いをせびり、ただ型抜きをやる為に猛然と自転車を漕いだはずだった。だがその日は違った。


なにを着て行こうか
友達に会ったらなんて言おうか
そもそも、一緒に祭りを歩くってどうしたらいいんだ


そう
そのお祭りの日の前日、

あの秋雨降る体育準備室で、僕は三井と付き合ったのである

ハッキリとしたプランニングもままならぬまま、僕は天神社へと向かった

同じ部活の仲間達とも合流せず、「明日行く?」「行くよ!」だけのやり取りで、もう一緒に歩くものだと思っていた。

勘違い甚だしいが、仕方ない、初心者だから

徐々に盛り上がる祭囃子と灯りが視界へと飛び込んでくる。天神社の近くに住む友達の家に無断でチャリを止め、僕は社の階段を駆け上った。

そこへ、あの日僕を呼び出した数人の女子と偶然にも出くわす。

三井は??
…?あれ?まだ会ってない?もう来てるよ。
いま来たとこだから、どこにいる?

カンカンと賑わう境内
この日の為に準備された沢山の照明が熱を燈す

今だから分かる

このお祭りにも沢山のお金や人手が掛かっている

たしかー、神社の後ろの方に居たよ。
あっちか、ありがと。

境内中央の社を指差した女子を横目に、僕はゆっくりと歩を進めた。

誰かといたよー。

テニス部の友達といるのか。そりゃそうだ。女の子が1人でこんな脂っこい祭りに来るわけがない。そうか。そうか。ならプラン変更だ。(注※プランはない)

と、色々な事を張り巡らしては歩みだす


徐々に緊張が高まる

昨日の三井とは違う。今日は言わば初デートみたいなもの。服装は私服。今日は少しはお化粧でもしてるのかも。初めて見る。しかも私服。ちゃんと見れるのか。大丈夫か。俺。

なんて事を考えながら歩いていたら
そこへ飛び込む「型抜き」の戦場



…。…。…さらばだガキども。



と、ちょっと後ろ髪を引かれながらも目的地に向かう。



ついた



うってかわって、めっきり人集りが薄くなった社裏。照明などはなく、月明かりと、境内の電灯がこぼす灯りだけが静かに辺りを照らす。

水色のような群青色のような、そんか色合いを醸し出す社の周りを、僕は枯れた落ち葉を踏みしめながらゆっくりと歩き進んだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


エレッセのスポーツタオル昔くれたね。嬉しかった。

テニスやってたから、だからこーゆーのがいいかなと思って。

探り合いと言うか、痛痒いと言うか、なんともそんな会話が続く。


私の事好きだった?

え??

なんとも直球な言葉である。

…うん。

ならなんで言ってくれなかったの?

だって、好かれてるかどうか分からなかったから…。






(好かれてなければ告白出来ないという、なんともチキンな野郎である。)







私も好きだったよ。
(多分こんな事は言われていない。笑。)

え、?

付き合おっか。

、ほ、ほんと??

そして、僕らは付き合った。
その日の帰りに、中学生3大恋愛要素の1つ、『一緒に帰る』を決行した。

他2つは、『自転車2ケツ』『手を繋ぐ』などである。

あしたのお祭り行く?

行くよ!テッペーは?

行くよ。

じゃあまた明日だね!じゃあね!

そう言うと、彼女は短い髪を揺らして帰っていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


声がする…

そう思ったのは、ちょうど社の角に差し掛かった辺りだった。

聞き覚えのないその声
僕は「友達」という自ら作り上げた確証の無い事実を、一片の曇りもなく信じ、その声のする方向へ静かに視線を向けた






………





誰?




そこに居たのは、同じ中学では見た事も出くわした事も無い2人組みの男だった





彼氏いる
居ないよ
マジでじゃあ今度遊ぼうよ
いいよ





そのフレーズだけが、今でもしっかりと残っている





別れる

翌日、放課後の教室に迎えに来た彼女に対し僕はそう告げた。

何が起きたのか分からない彼女、その横を、
『何も起きて居なかった』かのように素通りする僕。

僕の初めての恋愛は2日で終わった。



その数日後、

僕は中島に殴られた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

秘密は、ある程魅力がいい。
「いちご同盟」の主人公がそうだった。そのミステリアスな雰囲気にヒロインは心惹かれたのだ。

全てを曝け出そうか、それとも秘密にしておこうか。

少しの間、僕と中島は疎遠になった。

その後、卒業を控えた時期に僕らは再び仲良くなり、沢山の友達を引き連れて皆んなが僕の家に泊まりに来た。

目的は、スーパーファミコンのテトリス・ボンブリス(テトリスだが爆発するやつ)

それをゲラゲラとやりながらやっていた。

お袋が帰ってくる前に寝てくれよ
夜通しやってたらめちゃ怒られるから

と言って、僕は寝た

大丈夫大丈夫!!と言って、中島含め数人の友達は盛り上がっていた。


数時間後


何かの音で目を覚ます


お袋が鬼の形相で部屋の入り口に立っていた。

向かいに正座するのは

中島含むほぼ全員の仲間達

明日も学校なのに、夜通しゲームやってる馬鹿がどこにいるの!!!

と言って、起きて2秒で頬っ面をひっぱたかれた。


今でもみんな仲がいい。
仕事や子供、家庭があって中々に集まれる事はそうそう無いが、それでもどこかで繋がっている。

いちごの時代に培った友人達。
また型抜きやりたいな。
今なら大人の悪知恵があるから団子もいけるかもしれないな。笑

なんて事を考えながらの、10月でした。




おちまい。