はい、がんなんですけど

はい、がんなんですけど

肺がん(肺大細胞神経内分泌腫瘍=LCNEC)ステージⅣと診断されたおっさんのゆるい毎日。

開催から既に2週間以上経ってしまいましたが、9月12日、無事に

リレー・フォー・ライフ・ジャパン2026しまね

開催しました~。


島根でも隣の鳥取県でも、未開催だったので、山陰初開催。

開催までには、そこそこしんどいこともあったものの、実行委員会のメンバーや、他地域の実行委員の皆さんに助けていただき、ルーキーイヤーをどうにか乗り切りました。

皆さん、本当にありがとうございます(報告遅くなってごめんなさい)。

 

ではここからは、いつもの調子で。

このブログでも散々言ってきた気がするんだけど、がんは“誰かの話”ではない。どこかの誰かの話ではなくて、あなた自身の問題だと思いますよということを、自分の経験を交えながら、いろんな言い方で伝えてきた気がする。

山陰初開催のリレー・フォー・ライフも、しまね実行委員会の大事なテーマは、まさにそこだった。そこに加え、「がんの話を密室に閉じ込めない」ことも、俺の中では大きな目標だし、それを伝えていくことも、リレー・フォー・ライフ・ジャパンしまねの役割だと、実行委員長的には大事なことだった。

もちろん、それを実現するためには、越えなくてはいけないハードルはいくらでもあるし、それだけに、簡単にいくような話でもない。そんなことは、百も承知だ。

ただ、そのためのはじめの一歩は、刻んだ。

後は続けていくこと。続けて行って、理解してくれる人や協力してくれる人を増やすことが、次からの目標になる。

 

今から20数年前は、がん医療の均てん化が目標だった。その目標は、薄氷を踏むような歩みだけれど、様々な人の努力で、ある程度は達成されつつある(全然十分なものではないけれど)。

そこをベースにして、ゆっくりとでも前に出ていきたいなあと思う。

(個人の特定を防ぐために加工)

熊本に暮らす大切な友人が亡くなったと、共通の友人から連絡があった。

直腸がんだった。


同い年で、写真が上手くて、真宗の僧侶で、エガちゃんが好きな男だった。

新水俣駅で乗るはずだった新幹線に乗り遅れて、九州自動車道を車でぶっ飛ばして、宇土まで送ってくれた。何年経ってもその話を肴に、笑い転げた。

次会う時には、お互いのがん経験を肴に飲もうって約束したじゃないか。

俺よりずっと後でがんの診断を受けたくせに、何で俺より先に逝っちゃうんだよこのバカ!

9月12日のリレー・フォー・ライフ・ジャパンしまねが終わったら、地震見舞いも兼ねて会いに行こうと思ってたのに。

悔しい。悲しい。もう会えないなんて寂しい。




何か月ぶりの更新だろう…

生きてましたよ。

 

まず、熊本地震で被災した方々にお見舞い申し上げます。

そして、亡くなった方々に対し、心からのお悔やみを、申し上げます。

熊本にいる友人たちは、幸いにして無事なんだけど、それでも自宅が大きな被害を受けた人もいて、心が痛い。

一日も早く、この状況が収まりますように。

 

随分前のブログでポストしたんだけど、今年島根県では初めてとなるイベントを、開催します。

そのイベントとは、

 

1985年にアメリカで始まったがん征圧やがん啓発を目的としたチャリティーイベントで、日本では2006年に始まった。つまり、今年が20周年。

毎年大体50か所くらいで開催されているんだけど、島根県ではこれまで一度も開催がなかった。「島根でやったことないなら、やろうかなあ」

と、本当に軽い気持ちで仲間を集め始めたのが、去年の7月のこと。そして、実行委員会を組織して、本格始動したのが、年が明けて4月になってから。

 

 

そこから、会場を探したり、企業協賛を集めたり、実行委員会の中で役割を決めたり、あれこれ段取りしたりしていたら、開催は来月!

光陰矢の如し…

 

どんなイベントなの?

と尋ねられた時の答えは

がんをテーマにしたフェスだと思ってください。

 

がんは治るようになったとはいえ、やっぱりまだまだ深刻な病気だし、ちゃんと伝えようとすると、難しいことも多い。誤解している人も沢山いる。

そして、未だに他人事だと思っている人もいる。

がんと診断される前の自分自身が、そうだった。

なので、お祭りを楽しみつつも、がんを自分自身の問題として考えるきっかけになるような催しを、あれこれ考えている。

 

島根、遠いわあ

という人も多いことと思うけれど、もしも都合がつけば遊びに来てください。