こんにちは。
以下 震災関連です。
読み進めるかどうかは自己責任でお願いします。
今日は3月11日です。
あの震災からまる三年。
日本は地震の国です。
3年前の今日、
足元の地震と、
テレビの向こうの出来事に驚愕し、
押し寄せる津波から逃げ惑う人々を、
僕はテレビのこちらで、
ただ見守る事しか出来ませんでした。
2年前、北海道に転勤になりました。
地元の方から聞きました。
あの地震以降、東北の港が閉鎖、港に通じる道路が破壊され、
本州から届くはずの医薬品や食料品、生活物資がまったく届かなくなったそうです。
海路ではなく、空路での運搬が始まるまでの期間、
医療機関は必要な医薬品を必要な人に使えるよう、1錠、1アンプル単位で貸し借りをして、乗りきったとのこと。
また、あの日、北海道にも津波が押し寄せていたことも…。
しばらく港を閉鎖したり、港町が浸水し、
大きな被害があったことも知りました。
北海道は四方を海で囲まれた大きな島のため、
「地震が起これば津波がくる。」
と、北海道民はいつも頭をよぎるといいます。
みなさんは、ご存知でしょうか?
1993年7月12日 午後10時17分
北海道南西沖地震 発生
マグニチュード:7.8
最大震度:6
地震発生から5分後
北海道、東北地方に津波警報発令
地震発生から7分後
NHKが緊急放送を開始
翌13日には石川県など日本海側に津波警報が発令。
当時、奥尻島には震度計が無く、
【最大震度6】は予測であり、
本当は震度7とする資料もあるそうです。
震源地に一番近かった奥尻島では、
地震発生後3分で、津波の第一波が到達。
最大を記録した第二波は10分で到達。
この、第二波は最大30メートル超。
大地震、津波、そして火災
集落が津波で消滅 島民約4500人の島で
死者、行方不明者は230人を超えたそうです。
奥尻島の方は、
東日本大震災を見て、
「ちゃんと伝えてあげられなかった」
と思ったそうです。
午後10時の暗闇の中を、
ある人は寝間着で、ある人は裸足で、
大切な人と強く手を繋ぎ、
津波の恐怖から逃げ惑った経験を
もっと多くの人々に伝えてあげなくてはならなかったと。。
あの日から、3年。
足元の地面が揺れただけの
テレビのこちら側に居た僕らはきっと
「被災者」
とは言えない。
でも、同じ「時」を生きてる僕らは、
経験した人から話を聞くことができる。
ニュースから、新聞から、インターネットから、知ることができる。
知った僕らには伝える義務がある。
後世へ 子供たちへ 世界へ
被災地から遠い場所に暮らす我々にも
出来る事はきっとある。
亡くなられた方々の
ご冥福を心よりお祈りいたします
Raid