ノワール、警察小説、時々音楽 -2ページ目

ノワール、警察小説、時々音楽

一介の大学院生による読解の軌跡。

 以前ベルコは、〈ヴェルボフのハシド〉と呼ばれる宗教的犯罪組織について、ランツマンに次のように説明したことがある。この犯罪組織が生まれたのはウクライナで、もともとはほかのハシディズム派と同じように、堕落した世俗世界を軽蔑し、そこから距離を保つために、みずからの教義と儀式で想像上の隔離地区(ゲットー)の壁をつくりあげた。それから大半の構成員が、”破壊”の火に焼かれ、どんな帽子よりも真黒な心を持つ最強硬派の中核が残ったのだ。九代目レベには、火の中から生還した十一人の使徒と、レベ自身の家族では八人いた娘のうちの六番目だけが残された。レベは紙の黒い燃えがらのように空に舞い上がり、バラノフ山脈と世界の果てである海にはさまれた細い帯のような土地まで飛ばされた。そしてそこに古風な黒帽子の分派を再興する。彼は三文小説の悪の天才よろしく分派の論理を極限まで純化した。犯罪の帝国をつくりあげ、教義の壁の外で渦巻いている無意味な混乱と、そこでうごめいている欠点だらけの腐敗しきった救われる希望のない連中から利益を吸いあげた。ヴェルボフ派が外の者たちを同じ人間とみなすのは単に大いなる寛容の精神からでしかなかった。(文庫版上巻153,154頁)

 

 前回の『もう年はとれない』に引き続きユダヤ物で攻めてみようと甘い考えを抱いて痛い目を見たアカウントがこちらになります。

 2ヶ月後にはアラスカ本国への返還が決定しているユダヤ人特区シトカに殺人事件が起きる。同地区の警官ランツマンが同僚にして従兄弟の相棒ベルコ、上司の元妻ビーナ、境界線の知者ジンバリスト等などといった面々とともにこの事件にのめり込んでいく、と書くと一瞬舞台設定に凝った警察小説なのかと錯覚するものの、上記の引用を一読すれば本作を警察小説と呼ぶことに対するわたしの躊躇も少しはわかってもらえるのではなかろうか。

 上記の引用は被害者のバックボーンの描写なのだがもう濃ゆくて濃ゆくてちんぷんかんである。さらにここで語られる「ヴェルボフ派」はおろか、「シトカ」という地区自体が現実には存在しない架空の街だというのだから手に負えない。警察小説というより、ユダヤ版『百年の孤独』と呼ばれたほうがはるかにしっくりこないだろうか。

 というわけで早々に諦める。ミステリーの皮をかぶった変なものを読みたい方は是非とも手に取られたし。ちなみに巻末の訳者解説が著者および本作の根幹をなす「ユダヤ教」に対して極めて節度ある態度を以て簡潔かつ丁寧に述べており、珍しく呼んで為になる解説になっている。先にそちらに目を通しておくのもありかと。

 

 

『ユダヤ人警官同盟 上下』

マイケル・シェイボン 黒原敏行訳

新潮文庫 2009