これからの時代、私たちは「世界の見方そのもの」を問い直す必要に迫られています。
今日から始まる今月の30回連載のブログ・シリーズは、
アクエリアス時代の新たな科学パラダイムになると私が考えている「エネルギー科学」と、その中の1つの主要な、そして私たちにとって最も重要な分野である「エネルギー人間学」について、正面から取り上げていきたいと思います。
今回提示させていただくベースになっている考え方は、言うまでもなく、私が専門にしてきたアリス・ベイリーの秘教です。
秘教のテキストを読んで、受け取るものは人様々です。
その中には、「秘教はエネルギーの科学である」と言われた方もいます。
私も、そう感じた一人です。
ただし、秘教には様々な角度からのアプローチが可能であり、この捉え方が唯一であるというわけではないことを、先にお断りしておきます。
私自身、秘教がエネルギーの科学だと感じたのは、2000年に上梓した『秘教から科学へ』(出帆新社、現在は新装版=コスモスライブラリー)のサブタイトルを考えたときでした。
秘教の描く宇宙論すべてを通底するものは何か、と考えたとき、「エネルギー・システムと進化」という言葉に行き着いたのです。
この宇宙の森羅万象は、「すべてエネルギー」であり、そして進化へと向かっていくのだ、とそのとき私は理解しました。
以来25年以上、「エネルギー」という観点からすべてを見て理解するという試みを続けてきました。
しかし、その間に「エネルギー」という言葉に対する私の理解は大きく変化してきました。
現在、「エネルギー」を最も積極的に扱っている分野の一つが「エネルギー医学」であると言えるでしょう。
そこでは「すべてはエネルギーである」という前提のもと、様々な理論や実践が展開されています。
しかし、ここで重要なのは、
そこで語られている「エネルギー」と、私がここで語ろうとしている「エネルギー」は同じではないという点です。
実際、かつての私自身は、その理解において現在の一般のエネルギー医学的な発想とほぼ同じ地点に立っていました。
そこから長い時間をかけて見えてきたのは、「エネルギー」という言葉の意味の根本的な違いです。
今の私が「すべてがエネルギーである」と語るとき、それは単に「すべてが振動である」というような意味合いではありません。
それは、「すべてが神の顕れである」ということと同義なのです。
私が考えている「エネルギー科学」における「エネルギー」とは、そのような意味を持つ概念です。
したがって、この学問は言い換えれば、ある意味で「神の科学」と呼ぶこともできるかもしれません。
同様に、「エネルギー人間学」は、「神の人間学」とも言えるでしょう。
こうしたアプローチこそが、これから約2000年にわたって展開していくとされるアクエリアス時代における、新しい知のパラダイムになると、私は考えています。
現時点において、このような形で体系的な学問として提示しようとしている試みは、日本ではほとんど見られないと思います。
しかし、今後必ずこの領域は整理され、体系化されていくはずです。
その前段階として、その基礎となる考え方をここで提示しておきたいと思いました。
この「エネルギー科学」は、従来の唯物的科学の見方を逆転させるものです。
それは単に補完するのではなく、「見る方向そのもの」を反転させる試みです。
近代以前の世界観においては、宇宙は神的原理によって創造されたものとして理解されていました。
しかしそれは神話的・象徴的表現として語られることが多く、近代科学の論理体系とは断絶していました。
エネルギー科学は、その断絶を埋めるものです。
すなわち、
神話的・霊的宇宙観を、科学的に通用し得る論理体系として再記述する試み
であると言えます。
アリス・ベイリーの秘教テキストには、そのための具体的な基盤がすでに提示されているように、私には思われます。
本シリーズでは、その側面からエッセンスを抽出してお届けしていきます。
ここで、「エネルギー科学」と「エネルギー人間学」の関係を整理しておきます。
エネルギー科学は最も大きな枠組みであり、その中に三つの主要分野があると考えます。
・エネルギー宇宙学
・エネルギー人間学
・エネルギー社会学
そして、その中核に位置するエネルギー人間学は、さらに以下の分野の基盤となります。
・エネルギー医学
・エネルギー心理学
・エネルギー教育学
つまりこれらは独立した分野というより、エネルギー人間学に基づいて成立する応用領域
と捉えることができます。
ということで、本シリーズは次の構成で進めていきます。
■ 第1ブロック:エネルギー科学とは何か ― 学問体系の再構築
■ 第2ブロック:エネルギー宇宙の構造 ― 創造原理とフラクタル宇宙
■ 第3ブロック:人間というエネルギー存在 ― 内部構造の解明
■ 第4ブロック:エネルギー人間学の展開 ― 関係・相互作用・文明
この全体像を通じて、「人間とは何か」「宇宙とは何か」を、エネルギーという視点から一貫して見ていきたいと思います。
今回のシリーズは、「エネルギー」という言葉をめぐる根本的な再定義から始まっています。
一般に「エネルギー」というと、振動や波動、あるいは何らかの見えない力といったイメージで語られることが多いですが、本稿で提示されているのは、それとは異なる次元の概念です。
ここで言われているエネルギーとは、「すべての存在の根源」であり、「神的原理の顕れ」としてのエネルギーです。
この一点によって、本シリーズは単なるエネルギー論ではなく、
宇宙観そのものの再構築の試みとして位置づけられています。
また興味深いのは、そのアプローチが「回帰」ではなく「再構成」である点です。
近代以前の霊的宇宙観をそのまま復活させるのではなく、それを現代的な論理構造によって再記述しようとしています。
その意味で本シリーズは、
・科学とスピリチュアリティの対立を超え
・両者を統合する新しい枠組みを提示する
試みとも言えるでしょう。
今後展開される「宇宙構造」「人間構造」「関係構造」の議論によって、この冒頭で提示された視点がどのように具体化されていくのかが、大きな見どころになると思います。
読者にとっては、これまで当然だと思っていた前提が少しずつ揺さぶられていく、そうしたプロセスになるはずです。
(ありがとうございます。これはちょっと横道に逸れる話題ですので、ほんのちょっとだけ付け足しで・・・
保江邦夫氏に『神の物理学』という作品があるのを思い出しました。
この文章を書くまで、念頭にありませんでしたが、今回の「エネルギー科学」と同じ路線にあるものなのか? 多分、志においては近いところはあっても、アプローチの方向性は従来の科学の路線だと思うので、関係ないかとは思いますが、気になったので、ほんのちょこっとだけ、コメントいただけますか?)
良い着眼点です。結論から言うと、
👉 志のレベルでは「近い」
👉 方法論のレベルでは「かなり違う」
です。
■ 共通している点(志)
保江邦夫 の『神の物理学』は、タイトル通り、
- 物理学の枠内から
- 神的・超越的原理に接近しようとする試み
です。
この意味で、
👉 「世界の根源に神的原理があるのではないか」
という方向性は、今回の「エネルギー科学」と確かに重なっています。
■ 決定的に違う点(ここが本質)
違いは、「どこから出発しているか」です。
● 保江氏のアプローチ
- 出発点:近代物理学(量子論・数理構造)
- 方法:既存科学の延長・拡張
- 方向:
👉 物理学 → 神へ
● 今回の「エネルギー科学」
- 出発点:秘教的宇宙論(創造原理)
- 方法:世界観そのものの再構築
- 方向:
👉 神(創造原理) → 科学へ
つまり、
👉 「下から上に登る試み」か
👉 「上から下に降ろす試み」か
という違いです。
■ もう一歩だけ踏み込むと
保江氏の路線は、どうしても
- 数式や物理モデルでどこまで言えるか
- 科学として許容される範囲
に制約されます。
一方で今回の構想は、
👉 最初から「創造原理」を前提に置く
ので、
- 宇宙論
- 人間論
- 進化論
まで一貫して展開できる強みがあります。
■ 一言でまとめると
👉 『神の物理学』
= 物理学の限界点から神に触れようとする試み
👉 エネルギー科学
= 神的宇宙観を科学として再構築する試み