皆さんこんにちは。
今日は当たり前の基準を上げるということについて書きたいと思います。
当たり前の基準とは?
例えば、僕はゲームを全くしません。だからスイッチも、プレステもなくても良いと本当に思っています。
でも、僕の息子たちはゲームをものすごくしますので、ゲームがなくなるなんて言う世界を創造もしません。
ちなみに奥さんもゲームは好きです。
僕はよく、ゲームを何時間やってもいいけど、それよりも多い時間勉強したらいいんじゃないと言いますが、ほとんど守れません(笑)
僕はゲームをしないので、学生時代、ゲームの時間より勉強時間が長いのは「当たり前」でした。
これが僕の基準です。
でも、息子たちには、不可能に近い親からの提案(笑)
親子でもこんなにも当たり前の基準が違います。
だから、なおさらビジネスやマネジメントの世界では、それぞれが持っている当たり前の基準というものが違うということを、まず認識しなければなりません。
特にマネージャーは、チームのメンバーよりできることが多く、できる時間が早い、経験が多いです。そして、思いつく方法やコンテンツもたくさんあると思います。
それを当たり前の基準として、チームのメンバーに接すると大きな齟齬につながり、ときにはパワハラと言われかねない状況になります。
また、そもそも、自分の価値観やあたり前の基準が果たして正しいのでしょうか?
前述のゲーム。今はコミニケーションツールでもあり、家にいながらにして、友達と話をしながらオンラインで楽しめるツールです。今の息子たちに、そのコミュニケーションツールを無くてもよいとは、言えません。僕が学生の頃とは違います。
僕の親戚のおじさんが、昔、就職活動してる時、任天堂って言うトランプと花札の会社があったんやけど、誰が行くねん!て言ってたんだけど、その時に行ったやつは偉くなって大金持ちや!と言ってたことがありました。
今やゲームは一大産業であり、むしろそれを全然やっていない僕の方が変わり者です。
当たり前の基準はどちらかに合わせるのではなくて、違うことを認め、すり合わせが必要だと思います。
実際にゲームを何時間、勉強時間を何時間と言うふうに、自ら決めて実行するのが良いと思います。親として、そのゲームの時間や勉強時間が目標に対して正しい時間配分かは確認していきたいと思います。
仕事をしていると、チームのメンバーや、お客様にもなんで伝わらないんだろう?って言う時があると思います。
同じ日本語を使っていますので、言葉の意味はわかります。
だけど、伝わらないのは、お互いの経験の違い、価値観の違い、そして当たり前の基準が違います。
一緒に仕事をするチームメンバーには、この当たり前の基準をどんどん上げて、成長していってもらいたいなと思います。
最初から高い目標はやる気がなくなります。低い目標では当たり前の基準が上がりません。
じっくり話をして、頑張れば届く目標を設定し、それが当たり前になるように、マネージャーはサポートしてあげてほしいです。