これまでは幕末と戦国時代、どちらかと言えば戦国派であった。
いわゆる、ろまんがあるってゆーか。
のるかそるか!己の腕一本!的な肉食感がかっこいいなぁみたいな
「おとこ」が「男」ではなく「漢」っていう字のほうがしっくりくるなぁみたいな
正義のなんたるかにこだわり続ける感じが素敵だなぁみたいな
だって、敵が困ってたら塩送っちゃうんだもんね。
「ウチんとこ塩いっぱい採れるからさ、あげるよ!塩!万全の態勢で
正々堂々やろうぜ!」
ってスポーツマンシップ!? くらいの爽やかさすらあるもんね。
が、しかし。
やっぱり幕末であった。
オイラのおじは「断然幕末派!」と言い切っていたが、
然り、ドラマとしてはやはり幕末であろう。
登場人物が多すぎることと、時代が大きく変わるタイミングの為
政治的な事やらなにやらなんたって難しいんだもん。
大河ドラマの「竜馬伝」なんかもマジメに見てなかったもんね。
「武蔵」や「天地人」は夢中で見ていたのだが。
浅田次郎 「壬生義士伝」 (文春文庫)
涙なしには読了することはできはすまい。
さすが「泣かせ屋」の異名をとる作家である。
オイラもまんまと泣かされてしまった。
これを読んだら続けて
同じく浅田次郎 「輪違屋 糸里」 (文春文庫) をお勧めである。
この二作品を読んで
現在放送中の大河ドラマ「八重の桜」を見ると
たまたま時代がぴったりリンクしているので
物語のマチの部分というか、厚みの部分というか、
なんだかおのずと補足されてしまうのである。
オイラ、この三点攻めであっさりと幕末の虜である。
幕末時代も、新撰組みたいな己の腕一本!的なところは戦国時代と
そう変わらないのかもしれないが、
幕末の侍は、それまで守ってきた矜持や信条、しきたりを打ち破らなくて
はならないのだからドラマも生まれよう。
いわんや何とか藩の侍をや、である。
数百年続いた武家社会の価値観が完全にひっくり返るんだもんね。
にもかかわらず、幕末からその後明治大正昭和と
武士道精神だけは綿々と受け継がれてきたというのは
当時の日本人の精神性の高さなのであろう。
時代が変わろうとも、決して失ってはならないものが何であるのかを
きっとわかっていたのではなかろうか。
・・・かようにして人は幕末ファンになっていくのであろう。