青い棘 | 蘭のブログ

青い棘

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「青い棘」

2004年 ドイツ

1927年、ベルリンで実際に起きた「シュテークリッツ校の悲劇」という事件をもとに映画化された作品。
寄宿学校での卒業試験を間近にひかえたパウル・クランツ(ダニエル・ブリュール)とギュンター・シェラー(アウグスト・ディール)は、ギュンターの両親の留守中である週末をベルリン郊外のシェラー家の別荘ですごす。パウルはギュンターの16才になる妹ヒルデに出会い彼女の虜になってしまう。一方ギュンターはかつての恋人であり今は妹とも恋仲になっているハンスとよりを戻したいと思っている。そしてこの週末の別荘から悲劇が始まる…。


「自殺クラブ」を作り4人のメンバーのうち二人が死んで、メンバーでありながら生き残ったという理由でパウルは罪に問われてしまう。「自殺クラブ」といってもパウルとギュンターが一時の激高した感情に流され二人で交わした密約にすぎないのだが。

「人生において真の幸せは一生に一度しかなく、その後は厳しい罰が待っている。幸福の瞬間を一生忘れられない罰だ。その時が来たら人生に別れを告げるんだ。自分が一番幸せな時に、絶頂の時に…」というギュンターの考えに基づいて、その最良の一番幸せなときで人生を終わりにすればいいのだと二人は結論を出す。

10代のときに有りがちな、狭い了見の片寄った人生観に過ぎないといってしまえばそれまでだけれど、思い返してみれば10代のときには本音と建前を使い分けたり、些細な嘘を重ねて生きる大人が許せず、生きる意味を剥き出しの真実のみにしか認めようとしなかった自分の姿にも重なるものがあるように思う。今では「まあいいか…」ですべてをすませている大人な日常にすっかり埋没してしまっているせいか、過激で偏屈なしかし純粋すぎひりひりするようなするどい感覚がむしろ懐かしくすらある。

ギュンターは上流階級にありがちな退廃的な日々を送っており学校も無断欠席を続けている。生きる意味やはっきりとした価値をその日常に見出だすことができずに苛立ちややるせなさがつのっている。そして更に今は兄妹でコックのハンスの愛情を奪い合っている。ハンスは二人から奪い合いされるほど愛される価値がある人物にはとても思えないのだけれど、それも上流階級独特の自分達とは正反対のものへ憧れる気まぐれな気持ちにすぎないのかもしれない。ギュンター自身がパウルに「ハンスに恋を?」と聞かれ、「わからない。恋は束の間だ」と言っているように。しかしギュンターはその不確かな愛情に人生を賭けてしまう。ハンスを撃ち殺し自分も頭を撃ち抜かなければならないような状況であったとも思えないのだが。

パーティーに集まった仲間は誰もが皆同じように退廃的でハチャメチャでもやもやした苛立ちをぶつけるかのように乱痴気騒ぎを楽しんでいるようにみえるが、夜が明ければ現実に向き合い普段の生活に戻っていくことができる。ある意味ギュンターは誠実すぎ、自分の内面を突き詰めて考え過ぎたのかもしれない。日常の世界に戻ってこられなくなった感情はまわりをも巻き込み悲しい結末を迎えてしまう。

この映画ではギュンターの両親を含めほとんど大人が出てこない。唯一乱痴気騒ぎのパーティーに、やはり退廃的な男が一人出てくるだけだが、この男もアブサン持参でやってきて彼等の壊れっぷりに油を注ぐにすぎない。冒頭でパウルが取り調べの刑事に「生きるのに疲れた自殺クラブ…。これは本当に存在したのか?二人のうちどちらがリーダーだ?」と問われ「関係ない。何も知らずに言うな。」とつぶやく。二人の心の奥底の想いは大人になってしまった人たちにはもう理解できない。

誰もが一度は通り過ぎる、10代ならではの心と体のアンバランスがもたらす危ういこの時期を器用にやりすごすことができなかった二人だが、腰までくる高さの草原の中を前後しながら歩いていく白いワイシャツの後ろ姿は、若者特有の爽やかさと甘さと物悲しさを漂わせていて、やはり目を奪われるほどに美しい。