『ゆれる』 オダギリジョー、香川照之
『ゆれる』 監督・脚本 西川美和
写真家として活躍する早川猛(オダギリジョー)は東京で自由気ままに暮らしている。
一方地元に残り家業のガソリンスタンドを継いだ兄稔(香川照之)は温和で誠実な人柄で
従業員に慕われるが、未だ独身で父と二人で暮らしている。
猛は母の一周忌で久しぶりに帰郷した。仕事が忙しいと母の葬儀にも出席せず、頑固な父勇
(伊武雅刀)との折り合いも悪いが、穏やかな兄とは仲がよく、兄は弟をなにかと気遣ってくれる。
翌日、ガソリンスタンドで働く二人の幼馴染智恵子と三人で、近くの渓谷に行った。
兄弟が幼かった頃、両親がよく連れてきてくれた場所だが、猛はあまり覚えていない。
子供のようにはしゃいで川に入っていく稔。川原では猛と一緒に東京へ行きたいと匂わす
智恵子の言葉をはぐらかし、猛は一人つり橋を渡って花を撮影する。
智恵子は猛を追ってつり橋を渡るが、途中で背後から稔にしがみつかれる。稔はつり橋が
怖いのだった。花を撮影していた猛がふとつり橋を見上げると、つり橋の上でもめている
稔と智恵子が目に入った。二人を見つめる猛の表情が凍りついた瞬間、つり橋の上には
膝をつき、おろおろと橋の下を見下ろしている稔がいた。
智恵子の転落は事故か事件か。始め事故で処理されていたのに、稔が自分が突き落としたと
自白したことで、事件として扱われる事になり稔は拘留され裁判が始まる。
はたして稔は智恵子を本当に突き落としたのか。
猛は兄の自白はうそであり、なんとしても兄を救おうとする。
しかし猛の前で稔は次第にこれまでと違う一面をみせるようになる。
兄は本当に自分が思ってきたような人間なのだろうか。
裁判が進むに連れて、猛の心は揺れていく。
やがて猛が選択した行為は、誰もが思いもよらないものだった。
一方地元に残り家業のガソリンスタンドを継いだ兄稔(香川照之)は温和で誠実な人柄で
従業員に慕われるが、未だ独身で父と二人で暮らしている。
猛は母の一周忌で久しぶりに帰郷した。仕事が忙しいと母の葬儀にも出席せず、頑固な父勇
(伊武雅刀)との折り合いも悪いが、穏やかな兄とは仲がよく、兄は弟をなにかと気遣ってくれる。
翌日、ガソリンスタンドで働く二人の幼馴染智恵子と三人で、近くの渓谷に行った。
兄弟が幼かった頃、両親がよく連れてきてくれた場所だが、猛はあまり覚えていない。
子供のようにはしゃいで川に入っていく稔。川原では猛と一緒に東京へ行きたいと匂わす
智恵子の言葉をはぐらかし、猛は一人つり橋を渡って花を撮影する。
智恵子は猛を追ってつり橋を渡るが、途中で背後から稔にしがみつかれる。稔はつり橋が
怖いのだった。花を撮影していた猛がふとつり橋を見上げると、つり橋の上でもめている
稔と智恵子が目に入った。二人を見つめる猛の表情が凍りついた瞬間、つり橋の上には
膝をつき、おろおろと橋の下を見下ろしている稔がいた。
智恵子の転落は事故か事件か。始め事故で処理されていたのに、稔が自分が突き落としたと
自白したことで、事件として扱われる事になり稔は拘留され裁判が始まる。
はたして稔は智恵子を本当に突き落としたのか。
猛は兄の自白はうそであり、なんとしても兄を救おうとする。
しかし猛の前で稔は次第にこれまでと違う一面をみせるようになる。
兄は本当に自分が思ってきたような人間なのだろうか。
裁判が進むに連れて、猛の心は揺れていく。
やがて猛が選択した行為は、誰もが思いもよらないものだった。
故郷をすて東京で自由に暮らす弟と、家に残り跡を継ぎ父の面倒をみる兄。
その父も、兄(蟹江敬三)は弁護士になり故郷を出て行き、自分が残って家業を継いでいる。
その父も、兄(蟹江敬三)は弁護士になり故郷を出て行き、自分が残って家業を継いでいる。
二組とも地元に残った方は、単調な仕事、変わり映えのしない毎日にうんざりし、
出て行った兄弟を妬む。しかし故郷を出て行った方はまた、出て行くことで捨てたものも
多いし、東京でそんなに気楽な暮らしをしているわけではないという。
出て行った兄弟を妬む。しかし故郷を出て行った方はまた、出て行くことで捨てたものも
多いし、東京でそんなに気楽な暮らしをしているわけではないという。
本音と建前、事実と嘘、過去の記憶の不確かさ、など時間がたつごとに揺れ動いていく
人の心を丁寧に描いています。
人の心を丁寧に描いています。
兄の心の奥に触れ、慕う気持ちとイラつく気持ちにゆれる弟をオダギリジョーが感情の変化を
巧に演じています。香川照之も、穏やかな人格から、自分ばかりが損をしているという本音の
怒りを爆発させる激しい気持ちを上手く出しています。
巧に演じています。香川照之も、穏やかな人格から、自分ばかりが損をしているという本音の
怒りを爆発させる激しい気持ちを上手く出しています。
稔は智恵子が落ちるところを最初からしっかり見たいたはずなのに、真実が見えていなかった
のかもしれません。
稔は最初兄は智恵子を落としていないといい、兄を助けるために奔走しますが、証言台で
兄が落としたのだといいます。7年経って兄の出所する日、たまたま見た幼いころの8ミリフィルム
で自分を助けるため差し出された兄の手を見て、兄は智恵子を助けるために手を差し伸べたのだ
と確信し、兄を迎えに拘置所へ行きます。
のかもしれません。
稔は最初兄は智恵子を落としていないといい、兄を助けるために奔走しますが、証言台で
兄が落としたのだといいます。7年経って兄の出所する日、たまたま見た幼いころの8ミリフィルム
で自分を助けるため差し出された兄の手を見て、兄は智恵子を助けるために手を差し伸べたのだ
と確信し、兄を迎えに拘置所へ行きます。
このラストが実はよく分からないのです。でもこの映画では兄が故意に落としたのか、助けようと
したのか、というようなことは、重要ではないのかもしれません。
したのか、というようなことは、重要ではないのかもしれません。
兄弟の間の感情、地元に残るものと出て行くものとの感情、一見穏やかに見える人の本音の部分
など、人の心のモヤモヤした部分と、それに付き合いながらも紡いでいかなければならない人間
通しのかかわりについて、考えさせられた作品でした。
など、人の心のモヤモヤした部分と、それに付き合いながらも紡いでいかなければならない人間
通しのかかわりについて、考えさせられた作品でした。