リプリー
『リプリー』
1999年 アメリカ
監督・・・アンソニー・ミンゲラ
原作・・・パトリシア・ハイスミス
1958年、ニューヨーク。貧乏青年トム・リプリー(マット・デイモン)は造船業界の大物
グリーンリーフの家で開かれたパーティーで、ピアノ伴奏の代役を引き受ける。
そこで、彼の息子の同級生と勘違いされ、イタリアで放蕩生活を送る息子のディッキー
(ジュード・ロウ)を報酬1000ドルで散れ戻して欲しいと頼まれる。
トムは興味のなかったジャズを勉強し、イタリアに行き、ジャズの好きなディッキー
に取り入り、気に入られる。
トムは裕福で何不自由なく暮らすディッキーに憧れ、ディッキーそのものに
なりたいと思うようになっていく。
初めはトムを気に入り、遊びに連れまわしていたディッキーだが、だんだんトムがうっとうしく
なってくる。父親からトムを解任する手紙が届いたのを機にディッキーはトムにアメリカへ
帰るように言う。
二人は最後の旅行としてサンレモを訪れる。二人きりで乗ったボートの上で、ディッキーに
うっとうしいからこれ以上付きまとうなといわれたトムははずみでディッキーをオールで
撲殺してしまう。
トムはディッキーになりすまし、巧に殺人をごまかしていくが、ディッキーの恋人のマージに
疑われだす・・・。
『太陽がいっぱい』と比較される作品ですが、同じ原作に基づいた全く別の作品だと思いました。
『太陽がいっぱい』を見たのがあまりに昔で詳細をよく覚えていない
のですが、アラン・ドロン演じるリプリーは貧乏な美青年が豊かな生活に憧れ、富と恋人を
手に入れたい、という欲求を全面に出したミステリーであるのに対し、マット・デイモン
のリプリーは勝手な思い込みの激しいストーカー的な心理状態で、ミステリー面よりも
異常とも思われる精神面を全面に出しているように思いました。
ミステリーとしてもドキドキ緊張しましたが。
とにかくマット・デイモン演じるところのリプリーが<気持ち悪い>です。
まだディッキーに会う前に双眼鏡でディッキーを観察しながらイタリア語を勉強しているところ、
ボートの上でディッキーに「僕のことを愛しているだろう」と決め付けるところ、
トムがディッキーを殺したのだといいきるマージに別れ際に「愛しているからいつでも
力になるよ」と言うところ・・・、などなど。
マット・デイモンはリプリー像を台無しにしているとの批判も多いのですが、
私は、彼はあのなんともいえない不気味さを上手く出していて適役だったのではないか
と思います。マットが笑うだけで気味が悪いです。
そしてなんといってもジュード・ロウの輝くばかりの美しさに目を奪われます。
『太陽がいっぱい』ではアラン・ドロンの美しさが話題になりましたが、
もうこれはジュード・ロウのための映画といっても過言ではないのでは。
海で泳ぐシーンも多く、日焼けした濡れた体がとてもセクシーです。
青緑色の瞳で見つめられ、やんちゃないたずらっ子のような表情でにこっとされたら
それだけで、参ってしまいます!はぁ~。
最後、本当に愛するピーターにまで手をかけ、船室でぼんやり座る姿がゆっくり閉まる
ドアの向こうに消えて終わりますが、もう二度と抜け出せない泥沼にはまってしまい、
引き返すことができない辛さ、罪の重さは見ている者の気を重くさせます。
ディッキーのサックスでトムが歌う「マイファニーバレンタイン」がいつまでも
心に残ってしまいます。
1999年 アメリカ
監督・・・アンソニー・ミンゲラ
原作・・・パトリシア・ハイスミス
1958年、ニューヨーク。貧乏青年トム・リプリー(マット・デイモン)は造船業界の大物
グリーンリーフの家で開かれたパーティーで、ピアノ伴奏の代役を引き受ける。
そこで、彼の息子の同級生と勘違いされ、イタリアで放蕩生活を送る息子のディッキー
(ジュード・ロウ)を報酬1000ドルで散れ戻して欲しいと頼まれる。
トムは興味のなかったジャズを勉強し、イタリアに行き、ジャズの好きなディッキー
に取り入り、気に入られる。
トムは裕福で何不自由なく暮らすディッキーに憧れ、ディッキーそのものに
なりたいと思うようになっていく。
初めはトムを気に入り、遊びに連れまわしていたディッキーだが、だんだんトムがうっとうしく
なってくる。父親からトムを解任する手紙が届いたのを機にディッキーはトムにアメリカへ
帰るように言う。
二人は最後の旅行としてサンレモを訪れる。二人きりで乗ったボートの上で、ディッキーに
うっとうしいからこれ以上付きまとうなといわれたトムははずみでディッキーをオールで
撲殺してしまう。
トムはディッキーになりすまし、巧に殺人をごまかしていくが、ディッキーの恋人のマージに
疑われだす・・・。
『太陽がいっぱい』と比較される作品ですが、同じ原作に基づいた全く別の作品だと思いました。
『太陽がいっぱい』を見たのがあまりに昔で詳細をよく覚えていない
のですが、アラン・ドロン演じるリプリーは貧乏な美青年が豊かな生活に憧れ、富と恋人を
手に入れたい、という欲求を全面に出したミステリーであるのに対し、マット・デイモン
のリプリーは勝手な思い込みの激しいストーカー的な心理状態で、ミステリー面よりも
異常とも思われる精神面を全面に出しているように思いました。
ミステリーとしてもドキドキ緊張しましたが。
とにかくマット・デイモン演じるところのリプリーが<気持ち悪い>です。
まだディッキーに会う前に双眼鏡でディッキーを観察しながらイタリア語を勉強しているところ、
ボートの上でディッキーに「僕のことを愛しているだろう」と決め付けるところ、
トムがディッキーを殺したのだといいきるマージに別れ際に「愛しているからいつでも
力になるよ」と言うところ・・・、などなど。
マット・デイモンはリプリー像を台無しにしているとの批判も多いのですが、
私は、彼はあのなんともいえない不気味さを上手く出していて適役だったのではないか
と思います。マットが笑うだけで気味が悪いです。
そしてなんといってもジュード・ロウの輝くばかりの美しさに目を奪われます。
『太陽がいっぱい』ではアラン・ドロンの美しさが話題になりましたが、
もうこれはジュード・ロウのための映画といっても過言ではないのでは。
海で泳ぐシーンも多く、日焼けした濡れた体がとてもセクシーです。
青緑色の瞳で見つめられ、やんちゃないたずらっ子のような表情でにこっとされたら
それだけで、参ってしまいます!はぁ~。
最後、本当に愛するピーターにまで手をかけ、船室でぼんやり座る姿がゆっくり閉まる
ドアの向こうに消えて終わりますが、もう二度と抜け出せない泥沼にはまってしまい、
引き返すことができない辛さ、罪の重さは見ている者の気を重くさせます。
ディッキーのサックスでトムが歌う「マイファニーバレンタイン」がいつまでも
心に残ってしまいます。