Unknown (Unknown)

以前もコメントをさせていただいた○○区○○代主婦です。

言葉で人を殺した人達には因果応報の天罰はないのでしょうか。
お忙しい中申し訳ございませんが出来ましたらお教えください。
お願い致します。



こんばんは。 コメント欄にご質問を書かれていることに関してのお返事と対応と感じた事を書きます。


まず、質問がネガティブな内容なのと、

こんばんは。かこんにちは。か 挨拶がお互いにない人はインチョの中では少々対応が塩になります。

ココナラでもそうです。いきなり

○○ですが見てください。との書き出しは むむむ。と思います。

友達でも顔見知りでも道で会ったら 挨拶はします。

ネット上では尚更 お互いに知らないもの同士なので 気を付けないといけないと自らも思っております。


ご質問内容に関してですが、まず unknownさんは ご自身でどのようにお考えですか?

それと、ネガティブな内容を教えてくれと言われると私もネガティブな面を見なくてはいけません。多少なりとも影響を受けますので

通常であればスルーします。 




歯科の仕事でも 後輩から

「形成(歯を削る事)を教えてください」と言われたとき

「まずは自分で歯を削ってから聞いてね」 と言います。


いじわるのように、または禅問答のように聞こえるかもしれませんが、

1からすべて聞きたいの?となると私の時間もありません。セミナーならばお金をいただいているので

教える義務がありますが、そうでない場合、相手の手を煩わすという事に無頓着ではないですか?と思うのです。

それと、「自分が何のどこがわからないのか」という事を分からないで質問することは

とっても遠回りになる  のです。


だから まず自分で歯を削って(抜去歯や模型で練習するという事)から どこがわからないのか

何ができないのかを 具体的にしてから聞いて欲しいということなのです。

自分なりの行動、意見、考えた事、調べた事をまとめたうえで さらに知りたいなら

第三者の意見、経験からくるコツとして私みたいなものに聞いてくださってもOKですよ。 という意味です。


この説明がないとただのいじわるな人に思われてしまいます。が、この一連の説明ですらも手間を取ります。


天罰、 因果応報という二つのキーワードにも

人それぞれの見解があります。

天罰 (自分は直接手を下さなくても何かの不思議な力が加害者?に✖を与えてくれるであろうとの期待) 

という意味で言葉を選んでいるのかなとか

因果応報(なにかをしたら何かが帰ってくる。悪い意味で) という解釈として選んだ言葉なのかな?とか。



おそらく文面からは 「人に意地悪をして自殺に追い込んだ奴には天罰が下ったり悪い事が自然に天然に誰の手を煩わさずに自爆したり

別の誰かの手を通してひどい目に会わないのでしょうか?」

という事なのではないかという前提で。


ただ  アリ ナシ だけを求めているのか。。  それすらもこの文面から お答えするには質問の内容が漠然としています。


それとも そのご質問に関しての意見を求めていらっしゃるのか。様々な解釈があるので返答が難しいです。


小学校の時に 「質問するにも知恵を使え」と先生に怒られました。



「お教えください」 と とても丁寧に書いてくださっていますが 天の采配については人知を超えて

答えはありませんから 私なんぞが教えることはできません。 私なりの解釈は考えることができますが

人の心それぞれの解釈が千差万別あるからです。 まず これが一番の私の見解です。

天罰 因果応報は天のメカニズムにて起きるであろうし起こらないであろう という事です。

それが同等のダメージかと問われれば 違う事もあるでしょうね。という見解。

場合によっては 誰かを殴った=鳥からフンを落とされる くらいのダメージになることもあるようです。




前世を見ていると 前世の種まきの結果を今世で自分が実として刈り取っている  ということは多々見ます。

一つの世の中で スピード早く結果を刈り取る人も居ます。


因果応報はあると思っています。ただ それが今世でやったことを今世で受け取るかどうかは色々なような感じです


それが幸せか不幸せかどうかは人の感じ方ですし、

(今ばちが当たらなければラッキーと思って亡くなっても  次の代で理由もわからず苦労の結果を刈り取る)

因果応報のスピード、回転が速ければそれだけ解決能力が高い、自分で学びのスピードが速いのだと解釈することもできます。


酷いと取られてしまうかもしれませんが、


もしかしたら、 いじめられている人は前世で誰かをいじめていた  という過去が無きにしも非ずということです。


それも因果応報です。 いじめた方がかつて別の世でいじめられていたならば(もっとひどく) どちらが悪いのでしょう?


そんな不毛な応酬をくりかえす、作り出してしまうであろう状況は 見るに堪えない ということです。

だから 許す  という事、 自分の所でそのピンポン因縁を断ち切るということ。が自分の運を下げないことであり

その後に禍根を残さないという事であろうというのです。

当事者同士であれば まあ。好きにやってくれと思いますが(それでも追い詰めるという事は推奨しないということ)

関係ない外野があれこれ色々と追い詰めるケースが多くないかい?と。


人を言葉で殺すことができる。 という事の記事ですが

下手したら言葉だけで相手を追い込むよ。 自分がピンポンのアタックをすることもなく、

お互い様でそっとしておくって視点もあるよ。

それには 言葉を選んで、自分のフラストレーションのはけ口にしていないか 考えてから自重し行動する方が良いんじゃないかな?

という意味で書きました。


お互い様の世界ならイーブンでしょ? そうしたら だれかが悪者(であろうと設定された人)を正義の力で成敗してくれるの?というのは

少々意味が 恨みつらみ 許せない世界からの見方、願望になってはしまいませんか? と感じます。

やられた方=絶対的に可哀想 やったほう=絶対的な悪  という設定で。

水戸黄門が 権力を振りかざして悪者を殺しまくったら それは善でしょうか?悪でしょうか?という事。

天罰というのは 水戸黄門的存在がどこかでいいようにやっちゃってくれないかな?という感覚なのかしらとか。



恨みつらみ許せない世界から出てくるご質問は 左の肩がとても痛くなりますので、

ガードする意味でも ここにて つらつらと書かせていただきました。 

「私はそこまで思っていません!」と言われるかもしれませんが、

この様なご質問が出たという時点で、そのような考えを思いついた というご自身を振り返ってみてください。

あの記事を見ても 何も思わない人は何も思わないでしょう。


何か悪いことをしたうえでの批判は誰でも起こり得るし

それに対して 謝罪も挽回もあるでしょう。

そこに第三者が勝手なジャッジをしたり、 罰を受けさせないと腹立たしい! という気持ちが出ると

それも自分への因果になります。


そういう感情がわいてしまう事は こちらに生まれてきて肉体を持っている身として

誰しも 起こり得ることだな|~と 思います。 そこで リセット。リセット と。