人生の分岐点って 色々なところにトラップのようにあって

結局 最後は 二者択一 まで 追い詰められるのだけれど、
どの選択をしても 間違いってのは あまりないんだなという事が
おぼろげに理解できるようになってきました。

大きくみてみると結局 いい事も悪い事も 平均化してしまい

最中(モナカではないです)は いっぱいいっぱいで
みぎもひだりも わからずに、自分のおかれた立場が 出口のないパズルに
入り込んでしまったように感じてしまう時があるのだけれど。

ざっと大きく見てみると 沈むときと 浮かぶときがあって
沈んだからといって 底に沈む真珠や宝物を発見したり 海溝を見たりという
それなりに楽しめるし、 浮かび上がっているからといって 調子に乗りすぎる
罠もしかけてある。常に気が抜けない。

そこで大切になってくるのが 本人の心持で、

戦時中をくぐりぬけてきた 年配の方々が全てやさぐれて心が折れた人たちに
なっているかといえばそうではなく、かなりなフィロソフィーを身につけ
尊敬される立派な人たちが多いのも事実なように、
どんな状況であっても  本人の心境により バネにも毒にも武器にも知恵にも
なんにでも 昇華できるということなんだろう。

金属やゴムにも 伸びしろがあって、
剛性、柔軟性、展延性など その素材の性質も大きく関わってくるように
おしつぶされたまま の形で 回復できない素材もあり
何しても最初の形を変えない、戻ってしまう形状記憶合金みたいなものもあり、

千差万別なので 出来事から受けるショックや外的力に対しての
反応のしかたは様々。

ミクロの部分で見ればの事で、マクロ的視点を持てば
もう少し 生きやすくなるんじゃないかと思うことが多々あります。

そのマクロ的視点を やや 垣間見せてもらったとき、
そこにはやはり 覚悟が必要だし、 自分が選択をしたという自己責任も
絡んでくるので 結局人間は 常に 自分自身で選択行動していかないといけないんだなと 腹くくる事実を見させられました。


華やかに見える人生だけれど、老後は一人で寂しく亡くなる。
人生で何の大きな変化もなかった人だけれど 周囲の人に看取られて亡くなる。

簡単な例で言っても、 では あなたはどちらの人生を選びますか?って
いうだけでも、 様々な意見と嗜好があると思われる。

人はどちらの人生もないものねだりであこがれたりするけれど
それぞれの人生を生きても 常に 満たされない気持ちで居続けると
どちらの人生も 中途半端な経験値にしかならず、
後悔の中で 生きるようになってしまう。 

結局は 自分がいる状況が一番自分の境遇、内面を的確に表しているのだけれど。

ひとは ○○のせい。○○だから。と 自分以外の要因のせいにして
自分を省みることは 最後の最後か、臭いものにフタをしてしまう。
これは 三次元的な肉体をもった人間の サガ なのだと思う。

○○ですら、自分が選び取った結果である事を ついぞ忘れてしまう。

私も含め 今日からできる 人生好転の方法として
選び取った事は自分の選択であった と 理解する事。 ですね。