食材&文化探訪~つづき・総括~ | _

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気になる方は、実際に足を運んでください。。。






~まとめ~


この2日間大阪で仕事してきました。主に打ち合わせと現調。当た
り前に事前準備はして行きました。

ただしここからが問題。いくら情報を事前に把握していたとしても
、その得た情報通りになる、なったと言えることって意外と少ない
と感じることはないだろうか??

それを不思議だと感じることはないだろうか?
...
こんなに「知る」ことができるのに、それ通りにならない。

そこで仮説を立ててみた。

情報は2Dであり、決して3D(リアル)ではないから。
だから、そう感じるのではないか。

例えば「東日本大震災」

文面、画像、動画などでより詳しくあたかもリアルに知り得たよう
に感じてしまうが、実際は全く違う。想像を遥かに超える。これは
リアルに感じないと分からない。

結局、情報が多いが故に、あたかも知った、知っているような錯覚
に陥ってしまうということなのかと思う。

逆に本質が分からずに「そうだ」と思い込んでしまうという事にな
ってしまい、いざリアルに触れた時に、いや、想像と全く違ってい
たという結果になってしまう。

情報が多いが故にいつの間にか自分の中に先入観ができてしまう。


良い意味で覆れば「結果として良かった」となり、感動するかもし
れない。

それは実際に行動してリアルに3Dとして感じたから言える事。

何が言いたいかというと、実生活の中で「こうだ」と決めつけてし
まう

ことを自然に行っていることが多いということ。

情報だけでそうだと思い込んでしまうという事。

知ってしまうがために行動する必要が無いと思ってしまう事。

それほど悲しい事、つまらない事はない。と思う。

体験こそ揺るぎない事実。

答えは事前に知っていたとしても。

大事なのは自分が「どう思い、どう感じるか」

ブルース・リーも言っている。

「考えるな、感じろ」と。

知る前に考えるより、知ってから考える事の方がより想像力をかき
たてる気

がする。

よく、「そんなんやんなくてもわかるわー」

とか、「絶対そうなるやん。」やるまでもない。

などということは無いだろうか?

自分は絶対に思わないし、言わない。

そもそも結果に本質はないから。

去年、今年と同じ事をしたとして、結果が同じだとしても

絶対に違う。

なぜなら環境は違うから。

感じ方が違う。

そこが大事。

そう思えれば、いくつになってもクリエイティブでいられると思う


経験は過去の事。それをそのままあてはめようとするのは、必ず

無理が生じる。だってシチュエーションが違うじゃん。

同じにならないでしょ?

と思ってしまう自分は変なのか?いや、むしろ変でいい。


一部の人にウケルものを作っているのなら話は別。

あくまでも不特定多数の人の心に響くものが

大前提。皆を喜ばせたいから。



気付けないとダメだと思う。

これはこうだから。と決めつける。

ちがうはず。

境界線引いたらそれまで。



大阪行って、まだ知り得たことは少ないけど、価値観が大きく

変わった。何が大事なのか。





また楽しい事ができそう。

これも感じたから言える事。感じないと分からない。

感じる機会を作ってくれた会社に感謝。


がんばろっ。



nishi