秋に入るとうちの近くでは鹿がしきりに鳴く。
そして猟解禁日にはピタリと止む。
鹿は人の決めた猟の日をなぜ知っているんだろう。
よく、馬鹿と表現される鹿と馬、私には充分賢い様に思える。
アホな人間よりよほど賢いのではないだろうか。
知能は生き物全般に存在すると思うが、知性は人間だけが持ち合わせる。
そんなこんなを考えながら鹿の鳴く声を聴きながら、最近の苦い経験に思いを馳せる。

やっぱり私は馬鹿でアホなんだろうが、人を騙したり、人のアイデアや物を平気で盗んで、さも自分の物の様に言い募る愚か者にはならなくてよかったと思う。
馬鹿はまだ救いがあるが、愚者はなかなか救い難い。
生きる事に真摯な鹿に馬、
やっぱり尊敬に値すると思う。

いよいよ秋が深まる中、鹿の声を聞きながら、今年は特に感慨深い。
馬鹿に付ける薬はないと言うが、愚か者は薬を付けるか、付けないかの対象にすらならない。
やはり、自分は馬鹿でいた方がまだ嬉しい。

読書の秋にこんな繰り言を思いながら、時間を無駄にして、更に馬鹿にならない様にしないと。
今年は鹿肉も、馬肉もすでに頂いたから、彼らにあやかり少しは賢くなりたいものだ。