シロツメクサが咲き乱れる広い原っぱ。
住んでいるエリアには見つけられずに電車にゆられて出かけた。
eppyがまだ小さい頃
シロツメクサの冠とか首飾りを娘と一緒に作りたいと思った。
友人を誘ってお弁当ももって賑やかに出かけた。
シロツメクサのじゅうたんに寝転び、気が済むまで花を摘み
そのお花を編んで頭に乗せてはお姫様気分に浸った遠い昔
その記憶を娘と共有する・・・
「母親」になったらやってみたい夢のひとつだ。
編み方を忘れてしまっているかもしれないな~
少しドキドキしながら目的の原っぱへ。
そこには理想どおりにシロツメクサが咲き乱れ
白い絨毯をつくる風景が広がっていました。
子供たちは犬のように原っぱを走り回り
ママたちも気持ちよい風を受けながら子供の頃の話に花咲かせる。
お弁当を食べて・・・・さ、ではお花で冠を作ろう!!
・・とシロツメクサを手折る。
そのとき一人のママが言いました。
「お花さんが可哀想だから2~3本にしましょうね」
・・・・・・・・
無視してシロツメクサを摘むわけにもいかず・・・
結局、シロツメクサの冠も首飾りも作らないで帰ってきました。
事前の打ち合わせはしていなかったけどね・・・・
いろんな考え方があるもんだなぁ・・・
否定しちゃいけなかったかな・・・今でもわからない。
シロツメクサを摘むことは残酷なことなのか?
シロツメクサはもともと飼料用としてヨーロッパから入ってきた。
牧草・雑草という認識が強く「観賞用のお花」という概念は自分にはない。
「シロツメクサ」と同じように「つくし」も近所では見つけられない。
見つけることがイベントになってしまう不自然さ。
都会の子育ては難しいんだな・・・って季節ごとに思い知らされた。
成長点が傷つけられたためにできた「一種の奇形」と言われてきました
現在はその認識は間違いであって
「四つ葉の出やすさは、遺伝的なもの」と科学的に立証されているらしい。
でも、「踏みつけられて幸せの
四葉のクローバーが出来る」という方が
「幸せ」への説得力があるよね。
たとえ間違えた情報でも、私はそっちがいい。
はるかにロマンチックでいいな~
