このところ諸事あって、自分としても深く考えたいこともございますので、しばらくブログはお休みします。
おのおのがそれぞれ一燈となって、一隅を照らすこと。伝教大師最澄の言葉です。

現世はあまりに辛いこと、悲惨な事件が多い。身近なところでも、家庭の不和、陰口など闇ばかりです。そんな闇を見ていると、劇的にパッと明るくなるような、何か大きなことを求めてしまいがちですが、そんなことはなかなかできるものではありません。

身近なところから、自分が霊的真理の燈火となって自分の周囲の環境を少しでも明るくする。世界を明るくするにはそれしか方法はありません。シルバーバーチが、「暗闇にいる人に光を見出させ、苦しみに疲れた人に力を与え、悲しみの淵にいる人を慰め、病に苦しむ人を癒してあげたら、それがたった一人でも、あなたの地上生活には十分価値があったことになります」というのも、同じ意味でしょう。

私も周囲の闇に時に苦しくなることがあります。そんなときには、この言葉を思い出して頑張ろうと思います。
新法王としてフランチェスコ1世が選出されました。尊敬する聖フランチェスコのように、イエスの御心にかなう生き方を説かれるよう、期待しています。以下に、「聖フランチェスコの祈り」をご紹介します。マザーテレサは、この祈りをとても愛したそうです。

主よ、貧困と飢えの内に生き死ぬ
世界中の同胞のために働く私たちを
そのことにふさわしい者にしてください
私をあなたの平和の道具としてお使いください
憎しみのあるところには 愛を
諍いのあるところには 許しを
分裂のあるところには 一致を
疑いのあるところに 信頼を
誤りのあるところに 真理を
絶望のあるところに 希望を
闇に 光を
悲しみのあるところに 喜びを
もたらす者としてください
慰められるよりは 慰めることを
理解されるよりは 理解することを
愛されるよりは 愛することを
私が求めますように
私たちは与えるから受け
許すから許され
自分を捨てて死に
永遠の命にあずかるのですから