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Deep Record

クラシック音楽(特にオーケストラ)を中心に、興味の赴くところをひたすらマニアックに紹介していきます。

「爆演」とは、通常扱われるダイナミックスの幅を大きく超え、また聴衆に多くの感銘を与えるタイプの演奏を指すとされる。

その意味において、ロシアの生んだ怪物指揮者、ニコライ・ゴロワノフ(1891~1953)の演奏ほど「爆演」の名にふさわしいものはないだろう。

ゴロワノフは1950年前後の旧ソ連の楽壇において、最高の評価を受けていた指揮者である。1937年からモスクワ放送交響楽団の音楽監督、1948年からはボリショイ劇場の音楽監督となり、いずれも1953年まで務めた。

彼の演奏は非常に大胆なアゴーギクやデュナーミクで知られ、時には楽譜の大きな改変まで行い、強烈きわまりない演奏を行った。読者の皆様の中にもゴロワノフの演奏をご存知の方は多いだろう。そしてその中には、彼の演奏を笑いの対象と思ったり、何かタチの悪い冗談のように感じるという方もいらっしゃるかもしれない。

だからこそ筆者が殊更に強調したいのは、ゴロワノフの演奏は、この現代において他に望むべくもないほどに真剣で、誠実で、純粋で、何よりも音楽と作曲者に対する強い共感と愛情に貫かれたものであるということだ。虚心坦懐に演奏に耳を傾ければ、その激烈な表現は紛れもなく彼にとっての真実であり、決して奇を衒っただけのパフォーマンスなどではないことがよくわかるはずだ。

まず、彼の最高傑作として名高いボロディンの交響曲第2番を聴いていただきたいと思う。



第1楽章、楽譜にないはずのティンパニが轟然と鳴り響き、のっけから驚愕する。

金管の異常な強奏も、ロシアのオケということを差し引いても、おかしい。バランスも何もあったもんじゃない。テンポの唐突かつ急激に変わりまくることも、尋常ではない。当然ながら、そんな指示は楽譜には一切書かれていない。

そして、02:10からの有名なチェロの第2主題だ。アウフタクトの音は強烈なアクセントがかかり、かつフェルマータがついてるのかと思うほど異様に長く引き延ばされ、突然ものすごい力で全く別の世界に連れ去られるような感覚になる。そして、第2主題部が終わった後の、02:55の急ブレーキでまた場面が変わる。繰り返すが、こういった指示は楽譜のどこにも書かれていない。いったいあの素朴な譜面のどこからこういう発想が出てくるのか、心底驚異に思う。

…この調子で指摘していくといつになっても終わらないので、第3楽章に進もう。



冒頭のホルンのソロがまた濃い。あまりにも濃い。八分音符のひとつひとつに至るまで強烈なヴィブラートがかかっている(いまのロシアのオケはこんな音はもう出さなくなっていると思う)。
このソロは本当に印象深い。野太いが、切ない。なんと深い想いが込められた演奏だろうか。これを何度か繰り返し聴いてしまうと、もはや他の演奏では満足できなくなってしまう。

次に、ラフマニノフ。ゴロワノフはラフマニノフと親交があり、彼の多くの作品を録音しているが、ここでは「交響曲第2番」より第2楽章を取り上げよう。



冒頭。速い。速すぎる。オケは崩壊しかかっている。ムチャクチャである。でも構わず突き進む。
そして、第2主題(01:00~)は突然大きくテンポを落として、強烈に歌い込む。弦の音色がすごい(対旋律の金管もすごいが)。濃厚すぎるヴィブラート、いやらしいグリッサンド、野太い低弦など、まぁ下品なこと。しかし、どういうわけか妙に心を動かされるのである。

次に、チャイコフスキーの「悲愴」を聴いていただきたい。全楽章必聴の怒濤のごとき演奏だが、特に第4楽章を取り上げる。



いかがだろうか。この演奏を、特に07:30からの迫真のクライマックスを聴いて、これでも何かのギャグのようにお感じになるだろうか?

この第4楽章の冒頭は、度肝を抜かれるような独特の表現である。以前とある音楽評論誌で評論家の宇野功芳氏が「リハーサルはさぞかし大変だっただろう」というようなことを書いていたのを思い出す。自らも指揮を手掛ける宇野氏ならではの率直な感想であろう。
続く第2主題部(03:10~)は全曲中の白眉とも言うべき部分であり、単純な下降音型の繰り返しでありながら、メロディーメーカーのチャイコフスキーが書いたあらゆる旋律も中でも格別の美しさに仕上がっている。ここでもゴロワノフは容赦なくその表現力を全開にしており、大きく揺れ動くテンポ、唐突な弱音、そして力の限り歌い上げる弦楽器の旋律を掻き消すばかりのホルンの絶叫、それに応えて咆哮するトロンボーンの対旋律、等々、まるでカオスのような音響でありながら、音楽はしっかり一つの方向を見据えて昇りつめていくのだ。

冒頭や第2主題部といい、クライマックスといい、この激流のごとき音楽にオケを従わせるゴロワノフの手腕は驚嘆に値すると思う。ゴロワノフの指揮の映像やリハーサルの録音はおそらく発売されてはいないので、どのような指揮やリハーサルをしていたのかはわからないが、それでも、非常に高い音楽的能力と楽員を従わせる強力なカリスマ性なくして、これほどの演奏は達成できないはずである。

筆者も(アマチュアではあるが)オケマンの端くれとして、例えば自分の所属するオーケストラで、指揮者が突然こんな指示を出してきたらどうだろう、などとも考えてしまう。 きっと、指揮者がよほどの人物でない限り、我々オケマンはそれに従いたいとは思わないだろう。どこぞの若僧なりオッサンオバサンなりジジイババアなりが、何ら説得力ある説明もなくいきなりこの第4楽章の冒頭のような指示を出してきたら、我々は指揮者を練習場からつまみ出すだろう。また、先に紹介したラフマニノフの第2楽章のようなテンポで指揮者が振り始めたら、我々は彼/彼女の発狂を疑ってしまうかもしれない。

よしんばその指揮に従わざるを得なくなったとしても、我々はそんな指揮者に共感などできるはずもないし、きっと恙なく演奏を終えることにのみ汲々として、音楽に没入することなど到底できようもないだろう。そうして、演奏は単なる指揮者の独り善がりの自己満足に終わるだろうし、我々はまるで茶番劇に付き合わされているような虚しい気持ちになるに違いない。

しかし、このゴロワノフの演奏はどうだろう。そんな寒々しい空虚な気配など、この演奏のどこをとっても感じることなどできないではないか。それどころか、演奏者が一丸となり、全身全霊をかけて指揮に応え、凄まじいクライマックスを築き上げる。この悲愴のフィナーレなど、実演で聴いたら一生忘れられないような体験になったのだろうと思う。
少なくとも、そこらの「常識的な」演奏とは比べものにならないリアリティを感じるのは、筆者だけではないだろう。この演奏は、指揮者にとってもオケにとっても疑いなく本物の「真実」なのであり、だからこそ「真実」のみが持つ強烈な説得力がある。

ゴロワノフ以外にも珍奇な演奏をする指揮者はいる。例えば、アメリカで活躍したレオポルド・ストコフスキーも奇抜な解釈や大胆な楽譜の改変で有名だった。しかし、彼の演奏はどこまでも、聴衆を驚かせ、喜ばせ、楽しませるためのものであって、きわめて冷静であり計算尽くである。別に筆者はストコフスキーの演奏を批判したいわけではなく、それはそれで完成された、最高の水準のものであると思う(嫌いだけど)。ストコフスキーの「悲愴」も、様々な工夫が凝らされたレヴェルの高い演奏である。しかし、彼の演奏からは、ゴロワノフの演奏に満ち溢れていたような激しい魂の叫びは聴こえてこない。あくまでエンターテインメントなのである(繰り返すが、決してそのスタンスを非難しているわけではない。嫌いだけど)。

伝えられるところでは、ゴロワノフは非常にマイペースで情熱的であり、子供のように純粋な人柄であったという。彼にはストコフスキーのように的確に聴衆のウケを狙って最大限の効果を上げていくような老獪さはなく、あくまで楽譜と自らの感性に忠実に従って演奏していたのだろう。そして、オケはきっとゴロワノフの激しい情熱と、嘘のない真っ直ぐな想いに駆り立てられ、これほどの演奏を成し遂げ得たのだと思う。人の心を突き動かすのは、最終的には緻密で冷徹な計算などではなく、そういった真摯な情熱なのではないだろうか。

止めを刺すようで申し訳ないが、「1812年」。



もう何もコメントしなくてよいだろう。なお、最後の13:40~の部分は当時のソ連の当局の干渉により、ロシア帝国の国歌の部分をグリンカの曲のメロディーと差し替えた楽譜で演奏している。


モスクワでゴロワノフがこれらの演奏を行っていた1950年前後、ソ連のもう一つの大都市レニングラードでは、すでにエフゲニー・ムラヴィンスキーがレニングラード・フィルの常任指揮者として君臨し、厳格なアンサンブルで洗練の極みのような演奏を行っていた。あまりにも方向性が違いすぎる彼らの音楽が、同じ時期に同じ国で行われていたというのは、なんだか信じられないような気もする。ゴロワノフがモスクワ放送交響楽団の音楽監督に就任したのは1937年、ムラヴィンスキーが彗星のごとく登場しレニングラード・フィルの常任指揮者になったのは1938年のことである。
ゴロワノフとムラヴィンスキーは12歳しか違わないのだが(実はこの記事を書くまで、二人は数十年違う時代の人間だと思っていた)、演奏スタイルにはまるで隔世の感がある。二人の交友関係については資料が見つからず、よくわからないけれども、ただ、この二人がお互いを全く意識していなかったということはないだろうと思う。少なくとも、12歳年下のムラヴィンスキーは、当時ソ連の楽壇で最高の地位(ボリショイ歌劇場の音楽監督)にあり絶大な存在感を誇っていたゴロワノフのことを強く意識せざるをえなかったのではないか。ムラヴィンスキーがデビュー当初から厳格で洗練された演奏スタイルであったのは、ゴロワノフの恣意的とも思える演奏スタイルへのアンチテーゼという側面もあったのかもしれない、と筆者は勝手に憶測している。根拠はないけれども。


他にも、あのダヴィッド・オイストラフと共演した「シェエラザード」や、スクリャービンの交響曲全集、チャイコフスキー「交響曲第1番」、ムソルグスキー「展覧会の絵」などロシアのロマン派音楽をはじめ、ベートーヴェン「交響曲第1番」、モーツァルト「レクイエム」など古典の演奏もある。ワーグナーやリストの管弦楽曲も録音がある。興味を持たれたらぜひ聴いていただきたい。期待を裏切らない、いや、期待をはるかに上回る爆演揃いである。


長くなりすぎてしまったが、最後にもう一つだけ紹介させていただきたいと思う。カリンニコフの「交響曲第1番」だ。
これは、これまで紹介してきた爆演と比べると、実に素直な演奏である。特に、深い情感を湛えた第2楽章が素晴らしい。遅めのテンポで一音一音を慈しむような演奏である。



夭逝の作曲家が20歳前後で書いた音楽の純粋さ、率直さに、演奏者も感じるものがあったのだろうか。もっと世に知られてもよい演奏だと思う。


1953年、旧ソ連の楽壇の頂点に君臨していたはずのゴロワノフは、突如としてボリショイ歌劇場の常任指揮者を解任された。ゴロワノフに不満を感じていたソ連当局の差し金であったらしい。公職を追放されたゴロワノフはその数ヶ月後、失意のうちに亡くなった。まだ62歳であった。


ゴロワノフの演奏は、日本においては1990年代前半にいくつかの国内盤CDがリリースされたものの、じきに廃盤になってしまった。近年は海外盤CDが多く入手可能であるものの、未だ「爆演指揮者」としてイロモノ視する向きが多いように思う。もっと録音の発掘が進み、彼の演奏が正当に評価される日が来ることを、筆者は心から願わずにはいられない。