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まんまるスフィアです

結果や結論だけを取りに行くのが、今までの時代のやり方だったのかもしれません。
私の場合は
「本を読んだりセミナーを受けて知識を得る」
などがそうでした。
過去散々、知識(誰かの結果)をインプットして
「何でかな〜理屈は理解してるはず。なのに相変わらず現実は苦しいんですけれども…」
みたいな状態が昨年まで続きました。
現状を不満足と位置付け
「なんとかしなければ」
と思っていたので
「なんとかしなければならない現実」
が目の前に創造されていたのです。
原理法則どおりです。でも、世界は自分(の想い)が創るわけなので、そのプロセスそのものが大いなる自分が体験したかった世界なんです。だから悪くないのよ。体験しないと経験にならない。その周波数帯を卒業できないという仕組みらしいです。螺旋階段を登り続けるには途中を飛ばすことはできないのです。
とか言ってる今もプロセス
宇宙があって、地球があって、日本があって、社会があって、私という人間がいる。この唯物論的な観念で育ちながらも、私は小さい頃から
「私が生まれる前から宇宙は存在した。私が死んでも宇宙は存在する。これって何かおかしくない?」
漠然とそう思っていました。だからこそ一度、唯物論の世界にどっぷりと浸る必要があったのだと、今ならわかるのですが。
見えている世界の法則がわからないまま、カラダだけを自分だと信じて、常識を受け入れ、毎日を習慣や欲を満たすことでやり過ごす生き方は、もはや誰もが苦しくなってきていますよね。
たからこそ今日も私は、自分の過去にYESし続ける行為をこのブログを通して行います。
この体験が永遠の今、どなたかの役に立つと信じて。
今日は第6話です。
第6話
唯物論との決別
労組の活動を通じてピラミッド型経済社会の仕組みを知った私は、そのことを1人でも多くの人に伝えて、誰も搾取されることなく自由に生きられる社会へ変えていく一歩に関わることを、毎日の生きがいとしていました。
仕事をする時は「現場で何か改善できることはないか、皆が困っていることはないか、新しいサービスは皆の身体に負担になっていないか…」とアンテナを張り巡らせ、フライトの前後は皆の声を拾い上げることに意識を集中させていました。
1990年代から21世紀へと時代が変化する中で、大企業や大手金融機関の吸収合併が盛んとなり、航空業界でも経営統合が行われました。そのことで私達CAの働く環境も大きく変わることとなります。
現場労働者の働き方の変化は、飛行機の安全に関わることなので、会社としては時間をかけてマニュアルの改訂をするなど、少しずつゆっくりと融合を進めていました。
しかし、元は同じ業界とはいえ、会社が違えば仕事のやり方も全く違います。使う言葉も違ったり、ちょっとした慣習の違いから誤解が生まれ、チームワークにヒビが入りそうになることも茶飯事でした。知らない間に心を病む人も増えていくのがわかりました。
この時に私が思ったことは
「日本では会社組織は魔物だ」
ということです。
どの会社の出身かということが無意識にその人のアイデンティティになっている。良い悪いではないのですが、「労働者」というアイデンティティよりも「○○会社所属の社員」という価値に重きが置かれているので、出身会社が違うだけでお互いが異物なのです。
本当は労働者としての共通の要求はあるのですが、そこを見ようとしない人が多かった。何故ならば自分のよって立つ土台が「会社」と思い込んでいるからです。
第2話でもお話ししたように、日本人の会社中心主義は世界に類を見ないと思います。
戦後日本は、自分の経済は丸ごと給料任せ、与えられた仕事とスケジュールをこなし、休みの日程も会社次第。自分が税金をいくら払っているかも意識しないとわからない、厚生年金も半分会社が払ってくれて住むのは社宅、健康診断も会社がやってくれる…。昔は家族旅行も会社で行ったとか。
これでは生きる土台は会社になります。過労死が社会問題になった頃は社蓄という言葉が流行語にもなりました。
誰も悪くありません。
欧州のような労働者としての権利意識が、日本に育たないようにするため、戦後から綿密に作られたきた働き方なのだと、当時身を持って改めて良くわかりました。
もちろんそのあり方が戦後日本の超スピード経済発展を作り、モノづくり世界一となったり、欧州と日本ではもともと文化が違うので、ネガティヴな側面だけではないですけれど。
自分では、このような目の前に起きている出来事を客観的に観ているつもりでしたが、主に国内線で働いてきた私が国際線をメインで飛ぶようになった頃、ジワジワと私の体調に変化が現れてきたのです。
私の配属先は人間関係も良く、特に大きなストレスや問題を感じていたわけではありませんでしたが、何故か東南アジアやオーストラリアに行くと、ホテルでピリピリとした電磁波のようなものを感じたり、金縛りになったりして、全く眠れなくなってしまったのです。なので休日も家で寝て過ごすようになりました。
暫くは騙し騙し仕事していましたが、いよいよ限界と自覚した私は心療内科を受診し「自律神経失調症」と診断を受けて会社を休むこととなります。
たまたまシドニーで眠れなかった時、スーツケースに入っていた本が「バシャール」の本でした。
第4話の最後でお話ししましたが、当時私はリアルな世界を変えようとする現実主義を模索しながらも、精神世界の探究も同時平行で行っていたので、その手の本を必ずスーツケースに入れていました。
何度か読んだ本でしたが、その時は「あれ?こんなこと書いてあったっけ?」と思うような文章がたくさんあり、それが自分の中にスルスルと入ってくるのがとても不思議な感覚でした。
そこには
「時間はない」
「未来は選べる」
と書いてありました。
そしてその眠れない夜、どこからともなくこんな声が聞こえたのです。
「やめてもいいんだよ」
精神世界の本を読んでいたとはいえ、見える聞こえる感じる世界とは無縁で生きてきた私が、どこからか声が聞こえたなんて、いよいよ鬱で頭がおかしくなったのかと思いました。
でも30年近く働いてきて「会社をやめる」という選択肢を考えたことが一度もなかった私にとって、それはある意味とても新鮮な言葉でもありました。
休職に入り眠れない苦しさから解放されて少しホッとしている自分もいましたが、これからどうしたら良いのか、人生の決断をしなければいけないと思うと、胸が締め付けられる感じがしたのを覚えています。
独身だし、マンションのローンもまだ半分以上残ってる。仮に今の仕事をやめてもまた働かないと生きていけない。それに私は搾取されない世の中を作ると決めたはず、やめるなんて選択肢は逃げだ。仲間を裏切ることになる。何を弱気な…ダメだ駄目だ…復帰しなければ…という自分。
社会を良くしたいという思いは変わらないけれど、ここまでやってきてどうなの?時間をかけて綿密に仕込まれた皆の意識は簡単には変わらないよ。何より今、自分が苦しい。私は何がしたいんだろう。本当はもっと他にやりたいことがあるのではないのか?無理して続けることは自分を追い詰めることになるのでは?もっと知りたい世界があるのでは?…という自分。
現実から思考を始める私と、理想から考えたい自分、まるでふたりの私が話し合っているようでした。
でも本当は、心の中ではすでに辞めることを決めていたのだと思います。心に浮かんだことは未来の自分が決めていることなのです。情報は未来とリンクします。
私は当時、自然治癒力やレイキを学んでいましたので、そこからまた自分の心の中を覗くヒントを探りにいくこととなります。
次回「第7話唯物論との決別その2」へ続きます。
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