人形遊び | 半脊椎-Spineless fish Side-

人形遊び

 幼い頃、亡くなった祖母の和箪笥を次から次へと開けていくのが好きだった。 段になるように引出しを開け、放置していく。 そうすればほら、階段の出来上がり。 古い和箪笥はうるしで黒々としており、堂々とした様はまるでき出しの雛壇のように見えていた。 引出しの中から覗く、美しい着物の生地は雛壇の彩りに相応しい。
 そのせいだろうか? 私は未だかつて雛壇を欲しいとは思ったことがない。 それどころか、市販の雛壇はつまらないとすら思っている。 当然だ。 一つ一つが事細かに決められていて、一見華やかそうでありながら、人形達は実は恐ろしい顔をしている。 あんなものを欲しがる女の子に雛人形の何処が綺麗なのか聞いてみたい。

「ねぇ、ママ。ことしはひなだんかってしまわないでね?」

 小さな歩幅で懸命に歩きながら、繋いだ母の手を固く固く握り締めながら私はいつも懇願していた。 今では何処までも可笑しな話なのだけれども。

「ねぇ、ママ。かつらはきれい? おひめさま?」

 不安定な引出しの雛壇の上でそう訊ねては、怒られながら抱かれて降ろされた。 私が羽織っていた着物は小さな体よりずっと大きく、足が床についても裾は引き出しに引っかかったままだった。 その着物の匂いを私は未だに覚えていて、防虫剤と埃の匂いに混ざった甘さは確かに僅かな眠りを呼び起こしていたのだ。

 今年、祖母は十三回忌を迎え私は私服からセーラー服に袖を通すくらいの年齢になった。 そんな私は勿論、祖母がどんな人なのかは知らない。 生まれる前に亡くなったのだから、当然抱かれたことすらない。 けれども、無機質に彩られた大輪の花達が描かれた、洋服としてでは決して着ることはないであろう着物の柄は、あの冷たい雛よりもずっと、優しい顔をしているのだ。