腐った時計 | 半脊椎-Spineless fish Side-

腐った時計

「うわ」
 裄嗣ゆきつぐは慌ててステアリングを切った。叫んだつもりであったものの、自身の放った声が余りにか細かったのに内心 驚く。路上では腐乱した猫の死体が横たわっている。
「堪忍してやぁ……」
 頭を抱えたくなる衝動を必死で押さえながら、裄嗣は嘆息した。猫は一度のみならず、何度か轢かれた模様で白かった毛は汚れてパサパサになっており、体の真ん中は血で茶色くなっている。アスファルトには勿論 血がこびりついてはいたが、体に附着しているものよりもずっと赤かった。
「何で国道って死体が多いんやろ……」
 そう呟きながら時計を見やるといつもより時刻は進んでおり、裄嗣は慌ててアクセルを踏み直した。


***


「まだ慣れないんですか?」
 会社に着くとケタケタと笑いながら同僚の河岸かしが肩を叩いた。
「慣れるとかの問題ちゃうわ。ほんまアレ、気持ち悪ねんで?」
 出勤中に見た猫の死骸を思い出しながら、裄嗣は湯飲みに注がれた緑茶を一気に仰いだ。その後プハーッと一気に吐き出すと少し楽になった気がした。
「……まぁ、国道と高速は多いですから。」
 引きつった表情を浮かべる裄嗣に、河岸は苦笑を浮かべながら呟いた。それに違和感を覚えた裄嗣は首を傾げながら河岸に訊ねる。
「何で高速?」
「この辺の高速は山ですから」
 裄嗣の問いに笑って答えると河岸はおもむろに受話器を取り、営業先へと電話を始めた。
「――――……」
 その様子に倣うかのように裄嗣もパソコンへと向かい始める。しかし……
「……何や」
 カチカチとぎこちなく鳴るタイピングの音。電話のベルの音。微かに漏れてくるテレビの音。今、自分がいる事務所の全ての音に溶け込むかのように裄嗣は独りごちた。
「俺らの時間縮める為に命貰うとるみたいやん」
 だが、裄嗣には最早、今朝見た猫の死骸を詳しくは思い出せない。