仰々しいタイトルである。
前に、産前メンタルのところで書いたが
努力することが許されない環境、に
身を置くこと(出産までの道程)が
わたしのモティベーションどころか
アイデンティティまでもを崩壊させ
慣れないどころか初めて尽くしの
体調の変化に面食らっていたわたしは
不安定になっていった。
これは産むまでの限定期間の
幸いであるとも「今なら言える」
一見、不自由に感じられるこの環境こそ
母になる、という大事なプロセスである。
仕方ないじゃない?そういう身体の仕組みなんだから、
頭では判っていた。
我が子を無事にこの世に送り出すことこそ
最大かつ最高の目的なのだから。
今ならそう、かつての自分に教えてあげられるかもしれない。
でも、解っていなかったのだ。
努力って他でもできるのではないか?
栄養管理?自宅の清掃?
栄養管理と料理はバッチリであったし、
自宅の清掃では努力じゃない。
出来たらよかった 自宅での声楽
トライするもののすぐにくらくらして脳貧血になる。
絶望的だった。
大人しく、ピアノを弾いている程度。
多少難しい曲にも挑戦した。
妊婦だから集中力が散漫で
弾けなくなるなど、絶体にイヤだった。
歌えないのだから
せめてピアノを、、。
そしてベートーヴェンをスコア通りに弾け切った時の
ゴール感。
妊婦だってやれば出来るんだ!!
些細なことのようだが
いまでも忘れられない感動だ。
出来なくなっていくこと、
出来ないことを受け入れる勇気。
それこそがわたしが母親になるにあたって一番必要な事だったと今は思う。
その頃は
生まれ来る我が子の服、
手作りもの、
などで幸せになれる人が羨ましかった。
誰もブログや伝聞で
妊娠期間がしんどい、苦しい
などと語っている方はいない。
耐えてアタリマエ。
誰もが通るミチ。
よっぽど自分はおかしいのだと思った。
抑うつになる要素満載だった。
それでいて我が子は守る!!という気合いはものすごくあり、
端から見れば
実に面倒くさい妊婦だったと思う。
が、それが自分であるから後悔はしていない。
年齢は高くとも未熟だったわたくしは、
「なにかしらを努力することで
何らかの跡を残し、」
これまで自分を保ってきた人生だったのだろう。
「自分の弱さがありとあらゆる側面から客観的に見え出すのが
妊娠出産だと私は感じた」
これでもか!
これでもか!
と鏡のように自分の弱さを見せつけられるのである。
今思えば、それが
母になる練習だったのかもしれない。
修行だったのかもしれない。
当時はそんな余裕がなかったので
助産師さんに要注意マークしていただいて
産科の主治医にも話し、
こころと身体は大切です。
特に母体の健康維持。
そこにはメンタルも含まれますよ。
大丈夫、そこをお手伝いするのも我々です。
ドクターは仰り
早速、同じ院内のメンタル科を紹介された。
そこから、産科の妊婦健診と
メンタル科、両方同じ日に通うことになった。
メンタル科もさすが天下の成育であり
受け止めと説明が温かかった。
薬に頼る人=母親失格 の
呪縛を解き放ってくださった。
「理解してくれる存在がある」
とは
それだけで心が安心したりできて、
そこからは
安定した妊婦人生を送れた。
さて、今日のタイトル、
自分に負けたくない!!
とは
読んで字のごとく。
だれかと比べてあれこれ考えることも比較することもない。
自分に負けたくないのだ。
育児に必要な体力、筋力、筋肉や関節、靭帯の柔軟性を
出産育児ですべて落として悪化させてしまったわたくしは
週に1度だけ、ジム通いを決めた。
むかしからお世話になっている
ワールドウィング ギオンである。
イチロー選手、内川選手、ツツゴウ選手、
山本昌さん、岩瀬仁紀さん、
そうそうたる方々が行っているメソッドと同じところで
現にたくさんの有名アスリートに同じフロアで合ったが
そこは暗黙の了解で
お互い流している。
パワー系のジムが普通であり、
そこであると、まちがいなく、身体を壊す。
普段から慣れている人なら続けて構わないが
かつて、ティッ○ネスに若い頃通い、
身体を壊して
ダメになった経験がある。
↑合う人には合う。
ティッ○ネスもインストラクターさんや
店長さんにも可愛がっていただき
楽しかったが
最後の頃は
太極拳ばかりやっていた。
あれは、いい!!
あとフラも心に響き、好きだった。
さて、妊娠を挟んで既に10年近くお世話になっている現在のところは、
わたしのところは 初動負荷理論に基づいており
「体に合わせた」トレーニングができる。
週一とはいえ、
娘が怪我をしたり(元気に走り回るとそれはもう、、)
色々なことがあり
自分の気持ちも楽な方に逃げてみようかという気持ちにもなる。
「逃げるとは大切な手段であり
やらない勇気、休む勇気
もすごく大切であるので
みなさま、心していただきたい。」
と言うわけで、きょうもそこに行くべく電車に乗った!!
身重ならぬ、身軽とは素晴らしい。
自分に負けたくない。
進むも、休むも、立ち止まるも
すべて含めての意味である。
地道に、気張ってみようと思う。
(鹿児島のプロ野球選手から
気張るという言葉を習った。
関東では知らない言葉だ)
あえて言ってみたい。
気張れ!! ちぇすと?f(^^;
前に、産前メンタルのところで書いたが
努力することが許されない環境、に
身を置くこと(出産までの道程)が
わたしのモティベーションどころか
アイデンティティまでもを崩壊させ
慣れないどころか初めて尽くしの
体調の変化に面食らっていたわたしは
不安定になっていった。
これは産むまでの限定期間の
幸いであるとも「今なら言える」
一見、不自由に感じられるこの環境こそ
母になる、という大事なプロセスである。
仕方ないじゃない?そういう身体の仕組みなんだから、
頭では判っていた。
我が子を無事にこの世に送り出すことこそ
最大かつ最高の目的なのだから。
今ならそう、かつての自分に教えてあげられるかもしれない。
でも、解っていなかったのだ。
努力って他でもできるのではないか?
栄養管理?自宅の清掃?
栄養管理と料理はバッチリであったし、
自宅の清掃では努力じゃない。
出来たらよかった 自宅での声楽
トライするもののすぐにくらくらして脳貧血になる。
絶望的だった。
大人しく、ピアノを弾いている程度。
多少難しい曲にも挑戦した。
妊婦だから集中力が散漫で
弾けなくなるなど、絶体にイヤだった。
歌えないのだから
せめてピアノを、、。
そしてベートーヴェンをスコア通りに弾け切った時の
ゴール感。
妊婦だってやれば出来るんだ!!
些細なことのようだが
いまでも忘れられない感動だ。
出来なくなっていくこと、
出来ないことを受け入れる勇気。
それこそがわたしが母親になるにあたって一番必要な事だったと今は思う。
その頃は
生まれ来る我が子の服、
手作りもの、
などで幸せになれる人が羨ましかった。
誰もブログや伝聞で
妊娠期間がしんどい、苦しい
などと語っている方はいない。
耐えてアタリマエ。
誰もが通るミチ。
よっぽど自分はおかしいのだと思った。
抑うつになる要素満載だった。
それでいて我が子は守る!!という気合いはものすごくあり、
端から見れば
実に面倒くさい妊婦だったと思う。
が、それが自分であるから後悔はしていない。
年齢は高くとも未熟だったわたくしは、
「なにかしらを努力することで
何らかの跡を残し、」
これまで自分を保ってきた人生だったのだろう。
「自分の弱さがありとあらゆる側面から客観的に見え出すのが
妊娠出産だと私は感じた」
これでもか!
これでもか!
と鏡のように自分の弱さを見せつけられるのである。
今思えば、それが
母になる練習だったのかもしれない。
修行だったのかもしれない。
当時はそんな余裕がなかったので
助産師さんに要注意マークしていただいて
産科の主治医にも話し、
こころと身体は大切です。
特に母体の健康維持。
そこにはメンタルも含まれますよ。
大丈夫、そこをお手伝いするのも我々です。
ドクターは仰り
早速、同じ院内のメンタル科を紹介された。
そこから、産科の妊婦健診と
メンタル科、両方同じ日に通うことになった。
メンタル科もさすが天下の成育であり
受け止めと説明が温かかった。
薬に頼る人=母親失格 の
呪縛を解き放ってくださった。
「理解してくれる存在がある」
とは
それだけで心が安心したりできて、
そこからは
安定した妊婦人生を送れた。
さて、今日のタイトル、
自分に負けたくない!!
とは
読んで字のごとく。
だれかと比べてあれこれ考えることも比較することもない。
自分に負けたくないのだ。
育児に必要な体力、筋力、筋肉や関節、靭帯の柔軟性を
出産育児ですべて落として悪化させてしまったわたくしは
週に1度だけ、ジム通いを決めた。
むかしからお世話になっている
ワールドウィング ギオンである。
イチロー選手、内川選手、ツツゴウ選手、
山本昌さん、岩瀬仁紀さん、
そうそうたる方々が行っているメソッドと同じところで
現にたくさんの有名アスリートに同じフロアで合ったが
そこは暗黙の了解で
お互い流している。
パワー系のジムが普通であり、
そこであると、まちがいなく、身体を壊す。
普段から慣れている人なら続けて構わないが
かつて、ティッ○ネスに若い頃通い、
身体を壊して
ダメになった経験がある。
↑合う人には合う。
ティッ○ネスもインストラクターさんや
店長さんにも可愛がっていただき
楽しかったが
最後の頃は
太極拳ばかりやっていた。
あれは、いい!!
あとフラも心に響き、好きだった。
さて、妊娠を挟んで既に10年近くお世話になっている現在のところは、
わたしのところは 初動負荷理論に基づいており
「体に合わせた」トレーニングができる。
週一とはいえ、
娘が怪我をしたり(元気に走り回るとそれはもう、、)
色々なことがあり
自分の気持ちも楽な方に逃げてみようかという気持ちにもなる。
「逃げるとは大切な手段であり
やらない勇気、休む勇気
もすごく大切であるので
みなさま、心していただきたい。」
と言うわけで、きょうもそこに行くべく電車に乗った!!
身重ならぬ、身軽とは素晴らしい。
自分に負けたくない。
進むも、休むも、立ち止まるも
すべて含めての意味である。
地道に、気張ってみようと思う。
(鹿児島のプロ野球選手から
気張るという言葉を習った。
関東では知らない言葉だ)
あえて言ってみたい。
気張れ!! ちぇすと?f(^^;