想われること、それは確かに幸せ。
自分に対して絶対的な想いを真っすぐに向けてくれてる。

たぶんきっと、こんなにも想ってくれてる人は今現在間違いなく他にはいてない。

でも。
想われる幸せ=安心感や包容力という方程式にはならんワケで。

自分が相手を想う気持ちがそこに伴わんかったら成り立たんような気がする。

相手に対する思いやりはまた別で。
思いやりは友達や知り合い、他人にも持ってないとアカンし。
恋愛においても持ってないとね。

実質的な距離よりも、心の距離が離れてしまうと終わる。

いくら想われてても、譲れん部分ってのはあるし。
付き合いが長くなるにつれ、お互いの見えんかった面が見え出してきたら。
あれがイヤ、これがイヤ、ワガママになる。

欲むきだしになるでなぁ、自分の思うようにしたかったりとかさ、そんな自分の醜さがイヤにもなるケド。

生きてて。
同じ空の下。
実質的に距離があっても。
会うことができる。
声が聞ける。
温もりを感じられる。
名前を呼んでもらえる。

そういった基本的な幸せというか、大事なことを見失ってしまってるんよな…。

決断をして。
こうやっていろいろ考える。
自分の心の中に、相手の存在が自然と在るんやね。

頭で考える以上にこうやって心の中にいてて、それが当たり前になってんやろか…?

生きてるからこそのいろいろな感情。
言葉にも表せん。
時に残酷ではあるケド。

愛することは そう 悲しみに似て 私のすべてが痛くなってゆく

痛みさえも心地好いのかな。
生きてる証やし。
相手がおらんかったらこんな感情生まれへんしな。

もっともっと広い心で。
包み込むべきなんか…
変わらんその一面を個性として受け止められたら。
今までとは違う自分でいられるかもしれん。

もう少し話聞いてみよかな…?