今年1月7日に友人に招待されて「夢みる小学校」という映画を観に行った。その友人はいつもお世話になっていて「夢みる小学校」を滋賀県全域で上映するプロジェクトの実行委員だという。
「夢みる小学校 上映スケジュール」と検索すると滋賀県だけでなく全国で上映されているという現在は5月だけど6月以降もあるという。
その映画を見て子供たちの自主性の高さに驚きました。大人にとって大事なことは見守ることで子供が困ったら大人がサポートしてあげることなんだということを知りました。サポートするためにいろんなことを学ぶ必要があることを強く感じました。
この学校を創立した校長先生が堀さんという人で御年77歳だという。77歳にもかかわらず自分が建てた小学校を見に行くため日本中を廻っているという。すごいバイタリティーだと観て思いました。
公立の学校でも独自の教育制度をとっているところがあり会社みたいなイメージをとってもいいのかもしれないかもしれない。学校という固定イメージを持つより自由なんだと思いました。
子供は大人が守らないとできない(大人の方ができる)という思いこみを壊すような力を感じ、学校は大学に入学できる学力を身につける場ではなく生活できる力を身につける場なんだと映画を観て思いました。そう思うと学校は地域や国の生活を支える場かもしれない。それにしても子供の能力はすごいと実感した。教育現場に携わってなくてもそう思える。
もう一つ映画を観たときの感想はどれだけ逃げても受け止める人は必ずいるのではないかと知ったことです。自分の中では校長先生である77歳の堀さんがそれにあたるのではと思います。映画を観てなんとなくそういう人が受け止める役割を持っているのではと感じました。
死にたいとか逃げたいとかいう願望を叶えるのはほぼ無理なのだろうとこの人を観て悟りました。画面越しだけど堀さんに会わせるために上映会に招待してくれたのかもしれないと思いました。
堀さんでなくとも希死念慮を受け止める人は身近にいるのだろうと思う。死ぬことは自力ではほぼコントロールできない。
大人や身のまわりの人たちというのは見守りながら何かがあれば受け止める人たちかもしれないと思えました。
