十代の日々 MBS | ヒデキなう

十代の日々 MBS

どこかで書いていたと思うが、地元の人間は15歳前後はダンスに興味を持っていた。


みんな揃って、服装はナイロンジャケットにナイロンパンツ。


歩けばシャカ♪シャカ♪と鳴る。


毎日学校が終わると、梅田の毎日


当時梅田の茶屋町にMBSというテレビ局があり、そのテレビ局のビルは鏡面仕上げの窓ガラスで覆われており、踊っている自分の姿が全身見えるため、大阪中のダンスをやろうという人間が集まっていた。


ダンスをして、近くにゲームセンターに行って帰る。


そんな毎日だった。


そのゲームセンターだが、流石梅田のゲームセンターといえばいいのか、車のレースゲームが置いてあった。

しかも8人同時に対戦できるレースゲーム。


今でも変わらないのが恥ずかしい話だが、当時からゲーム代程度のお金を賭けて対戦していた。


そのゲームはデイトナUSAと言って、家庭用ゲーム機でも発売されており、俺はコースを全て熟知していた。


みんなより少し余裕を持って勝負に挑めていた。


当時からいちびりな俺は、ただ勝つだけでは物足りなかった。


わざと車同士をぶつけて、相手をスピンやクラッシュさせる事に快感を覚えていた。



しかしある日


その行為にキレた人物がいた。


その男の名前は・・・


ともげん


なんとレースが終わった瞬間、俺に向かって飛び蹴りをしてきたのだ。


ただ蹴ってきたのではない・・・


飛んで、蹴ってきたのだ。


一度負けたら200円の痛手。


当然カチンときて仕返しを試みるが、その他大勢の止めに入るみんなのほうが一歩早く、落ち着く。


しかしともげんはイライラしている。


俺もイライラしている。


その状況でもう一勝負が始まった。


そこで俺がとった行動は、ともげんを集中攻撃することだった。


他の六人など目に入っていない。


ともげん相手に自爆テロという道を選んだ。


レースも終盤に差し掛かり、二人揃って7位、8位確定か?という時に・・・


第二回のとび蹴りが来た。。


まだレースは終わっていない。


まわりのみんなは自分の勝負の方が大事で、止めに来ない。


友達のケンカより200円のほうが大事なのだ。


かなりのケンカになった記憶があるが、みんなに止められた記憶が無い・・・


そして負けた200円を俺は支払った。


結局その日はギクシャクしながら帰ったような気がする・・・


十代の頃はそんな事ばかりだった。