ガラケーが死んだ | An Ulterior Weblog

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先週末から携帯が死んだままだ。うんともすんとも言わない。

以前に一度、トイレの水の中に落としてしまい、瀕死になった。このとき、ショートすると思ったが自動的に電源がOFFになることを図らずも身を持って知った(それを”うん”とは思わないが)。取り出して水を切り、電池、SIMカードなど全て引き出せるものは出して、回路部含めてドライヤーで乾燥させた。

一旦、復活したが、すぐに不安定になり、落ちたり勝手に復帰したりだったが、1ヶ月ほどで安定、1年ほど経った今までは問題なかった。それが、突然死してしまったようだ。どうも復活は望めそうもない。

 

さて、次はどうするか。またガラケーか、それともいよいよスマホか。

ガラケーからスマホに変える判断を示している記事がある。

http://manetatsu.com/2015/09/50704/

金銭的な面を最重視してどっちが得かと判断している。

スマホからガラケー(+タブレット)に戻した人の話もある。

http://www.ccore.co.jp/plus/smartphone/

まあ、これはわかる。みな、ひっきりなしにスマホしか見ていない人が多い。

 

これらの中には全く触れられていないガラケー保有の私の理由がある。

災害、遭難に俄然強いことである。まず、電池の持ちが違う。特に雪国では気温低下でただでさえ電池の持ちが悪い。金属量が少ないガラケーは冷えにくい。そして、目の前に無くても指でキーを探りながら、通話やメールを打つことができる。雪崩や猛吹雪で埋まってしまうとか、地震で瓦礫の中に埋もれたとかいうときに手先だけ動けば何とかなる。もっとも、携帯を手にできればだが、何より、生きていなければ話にならない。

 

手持ちのはストレートの大変扱いやすい機動性のあるもので、スマホにはこの軽快さは無い。ガラケーと言っても、折りたたみは使いずらく嫌いだ。古い機種をわざわざ探さなくてはならない。スマホは通話料無料のために韓国資本のLINEに繋ぐのも気に沿わないし、LINEのあのやりとりに参加する気もしない。インターネットは基本的にはこちらが能動的に関わらないと機能しないが、LINEは結果的に無理矢理引きずり出されるので、ネットというかSNSの洪水の中に手段なく飛び込みたくはない。

さて、LINEを使わないにしても、どうしたものか...