廃れる町/人生という記憶 | An Ulterior Weblog

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何度も触れてきた我が故郷はさびしくなる一方だ。

毎年、帰省はしていても、ごく家の周りだけで出歩かないか、車で遠くへ観光するかでほとんど街中を歩いていなかった。母の葬儀の関係であちこち用事で動き回っている中で、その寂れ具合は危機的な状況になっていることを実感した。


10年前の記憶からしても寂れ方が加速している。JRに乗っても以前は人のいないボックス席はなかったのに、今では空いている。ざっと半分になった感じだ。長距離バスの方も以前は座れるかどうかだったのが今は横に荷物を置いていても困らないぐらいだ。


町で景気がいいのは、病院、薬局、お寺、葬儀屋、花屋、酒屋、写真屋、パチンコ、スーパー、お菓子屋、時計店(めがねや補聴器含む)、コンビニといったところだ。これらを見てお気づきだろうか。高齢者が生命維持とその末後処理に必要なものばかりなのである。


これは故郷に限らない。近隣の自治体はみなそうだし、全国的に見れば、東京を中心とした関東の一部を除きどこも同じだ。ただ、それがもっとも顕著に見えている地域が故郷に過ぎないだけの話。

故郷が消えていく姿を見るのはやはり寂しい。所詮、人生とは自分たちが過ごした記憶のことであり、思い出のことなのである。それは街並みや自宅、風土とともに刻まれる。更地になってしまえば記憶の糸さえ失われていく。

時にはダムによって完全に水没してしまい訪れることさえできない集落もある。 ビデオ記録があってもごく一部だろう。多くは元住民の記憶にしかその街並みと生活の息遣いは残っていない。



東京や大阪などの人には想像できないだろうが、もし地方が、特に農林水産が主体の自治体がだめになった場合、食卓は激変するだろう。海外から安く輸入すればいいという意見があるだろうが、それは日本全体としてはお金以上の損失になっていることに気づいていない。原料輸入で加工品貿易で外貨獲得が主体にならざるを得ない日本で、一次生産者になっているのは農林水産だけである。


ことさらものづくりの工業商品の先鋭化が日本の命のように言われている。それは正しい。しかし、そう言えるのは農林水産が我々の生活というか、生命維持の部分をある程度担ってくれているからできる話であって、もし食糧や衣類が倍とか十倍とかに価格が上がっていった場合や完全に枯渇した場合(人口爆発の中国やインドが掻き集めてしまうという現実性がある)、工業輸出品の稼ぎでどこまで耐えられるかというのはわからない話なのである。


工業製品に多用されているレアメタルが中国の愚かな政策により輸出制限されたが、日本は逸早く代替技術を構築してほとんど不要にし、中国のレアメタル生産者に悲鳴を上げさせたことはご存知だろう。工業品はこういうのが比較的簡単にできるが、食材関係はそう簡単にはいかない。吉野家が狂牛病で豚丼にして回復が思わしくなかったのも食材における代替の難しさがある。胃袋に入れば皆同じと消費者は必ずしも思わないのである。ましてや最近とみに煩くなった食の安全性を考えると、それを国外に期待して安心できる人がいるとしたら、ずいぶん呑気な人だと思う。


地方再生問題は我々の経済発展だけでなく、生きるために必要な食材の変更を迫る重要な問題なのである。