ひとの悩みは、相手から喋りたがったりしていない場合には、
安易にきいちゃいけないものだなぁと思った。
自分がなんとなくいやな思いをして、そんなふうに思った。
百貨店の化粧品売り場のこと。
いつも決まったところでスキンケア関連を買っているのだけど、
大抵その時手の空いている販売員から肌チェックをしてもらったり、
カウンセリングしたりする。
販売員は顔なじみの人もいたり、そうでない人もいて、
ここのところ2回連続、そうでない人の接客で、なんか学ぶことがあった。
「最近、お肌で気になるところありますか?」
「そうですね、最近ニキビがちょっと・・」
「最近、お肌でなにかお悩みありますか?」
「そうですね、乾燥気味で..」
行くたびに、私と肌の間の問題を、いちいち聞かれる。
挙げれば切りがないのに、わざわざ、ひとつだけピックアップして、答えてみる。
肌チェックの結果、「今回は、水分量が足りていませんね」という展開になり。
「はぁ。」
「何か、変わったことはありませんか?ストレスだったり。。疲れると肌に出たりしませんか?」
「はぁ。。」
それはもう、自分自身の肌の悩みなんてたくさんありすぎて泣いちゃうくらいだし、
かといって肌にはホルモンバランスだったり、自分で自覚している時期だとか把握していることも
たくさんあるのです。
それなのに、その自覚している事柄をわざわざ並べあげて、かわいそうな顔をされなければならない。
販売員としては、肌の悩みをきき出し、現在のその課題を解決するべく、新商品を紹介したり、サンプルで「これ使ってみてください」なんて提案したりして、お客に満足してもらおうとしているに
違いない。
でもこんなのは茶番だ。
そう考えると、営業も同じだなぁと気づく。
クライアントに対して、
「今の課題は何ですか?」
「今のもので、何か不満はありませんか?」
なんて聞いたって、「これ!」という必要としているものがない限りは、
そんなの答えること自体がめんどくさい、なんて思ってしまう。
なんであなたにわざわざ話さないといけないのか?あなたはそれで、一体何ができるの?
なんて思われてしまう結果になるのだろう。
じゃぁ理想は?
自分が化粧品を買うときの立場から考えてみよう。
・ささいなことに気付いて、ほめられる(いつもとの違いとか)
・日々、なんとなくポツポツ話していたことを覚えていてくれていて、
自分に合ったものを紹介してくれる(きめ細やかな配慮)
・悩みとかでなく、肯定的な質問を投げかけてくるなかで、
あえて口には出さないけれども「あってもいいな」「ほしかったかも」と
思っていたもの探りあて、懇親こめて説明してくれる
「ナチュラル系でも、こんなに発色よくてきれいな色があるんですよ!」とか。
ほ~。
ようは、長期的に付き合っていくなかで気付いた小さなことの積み重ねから
提案につなげたり、そんなオリジナルな感性が求められているのだろうな。
大げさなことはなくていいし、かっこつけなくったっていい。ただ「わかってるな」って
思ってもらう地道な配慮がまずは要なのか。
よし!
ちょっと前の多忙な時期に書いたブログ。
保存したままになっていたので、せっかくなので記録として残そう。
友達が、よく「その時の思いや感情は、その時にしかないもので貴重だよ」って、よく言うしな
2011年6月下旬
仕事関係の人と、しばしばバトらざるを得ない機会がある。
それも、しぶしぶバトっている。
わたしは自分のことを、いざという時は物言うタイプだと思っていたのだが、
なかなかそんな風にいかないでいることに気がついた。
たとえばこんな具合に。
相手のミスがあって、作り直して送ってもらわなきゃいけない時に。
指摘して送り直してもらうよう伝えるのだが、当たり障りのない風に、まるでたいした問題じゃないかのようにサラリといってしまう。
たいした問題の時でさえそんな風に言ってしまう。
ほんとうは今一度全てチェックしてほしいだとか、今後のことを考えてピシッと伝えるべきこともあるはずなのに。
関係性を優先してしまっている。
それで、一緒に仕事している先輩なんかは
相手に腹をたてていて、もっとちゃんと伝えるべきだと私に言ってくるのだが。
それで、しぶしぶバトっている。
そこでフと思った。
なんでこんなことになってしまっているのだろう?
しぶしぶバトるなんて。
理想的には、感情的にならず、要点をついて淡々と話すこと。だけど、人間だからそんな態度じゃ事はうまくいかないんだ。逆に反感をかってしまう時さえある。
だから本当の理想は、相手に気を悪くさせずに、自分の意向も存分に伝えられ、理解してもらうこと。
これが非常に難しい。
これまで、なりふり構わず自分の意向をバシバシ伝えてきたとすれば、
いまのわたしは、体裁だけはサラリと取り繕い、なんとか意向も伝えたいのはヤマヤマに、結局は気の抜けた弱々しい感じでヘタに伝わってしまっている。
その間をいきたいのになぁ。
だから、一掃のこと、どうでもよくなっている気さえする。
ましてや正当化して、相手のためにそういうやわらかいスタンスでいようなんていう風にまでなっているかもしれない。
でもそれって、なんだかなぁ。思い違いな気がする。
ひとつ言えることは、
そこに情熱がないのはたしかだということ。
いくつか理由を考えてみた。
①当事者意識からはなれて客観的視してしまえるくらい、気持ちが入っていない。
-
②邪魔なプライドがない
+
③こだわりがない
-
④相手に対するあきらめ
+
-+は、そうだった場合に、自分としてはプラスな感情なのかマイナスな感情なのかどう思うのかという評価。
④を+っていうのは、意見がわかれますか
まぁ、いま振り返ると、その時は電話を切ったあとにトイレへかけこんで泣いたり、怒りで頭に血が上り、近くの人に言いつけたり、とても感情的になっていた気がする。
そこまで感情的なのに、当事者の相手に対しては、たいして何もいえない。
さらに、ちゃんと相手に言えとひとに言われると、すごくやりにくい。
しぶしぶバトっていたのは、自分の判断基準がなかったからじゃなかろうか。
こうしたい、こうにしておくほうがいい、こういうスタンスでいよう、ここは譲れない、あとは相手に合わせよう、などという
"思い"があれば、それで済むはずだ。
でもその"思い"って、
結局はその仕事に対する情熱だったり、好きだという原動力で、形創られるものなのだろうなあ
保存したままになっていたので、せっかくなので記録として残そう。
友達が、よく「その時の思いや感情は、その時にしかないもので貴重だよ」って、よく言うしな

2011年6月下旬
仕事関係の人と、しばしばバトらざるを得ない機会がある。
それも、しぶしぶバトっている。
わたしは自分のことを、いざという時は物言うタイプだと思っていたのだが、
なかなかそんな風にいかないでいることに気がついた。
たとえばこんな具合に。
相手のミスがあって、作り直して送ってもらわなきゃいけない時に。
指摘して送り直してもらうよう伝えるのだが、当たり障りのない風に、まるでたいした問題じゃないかのようにサラリといってしまう。
たいした問題の時でさえそんな風に言ってしまう。
ほんとうは今一度全てチェックしてほしいだとか、今後のことを考えてピシッと伝えるべきこともあるはずなのに。
関係性を優先してしまっている。
それで、一緒に仕事している先輩なんかは
相手に腹をたてていて、もっとちゃんと伝えるべきだと私に言ってくるのだが。
それで、しぶしぶバトっている。
そこでフと思った。
なんでこんなことになってしまっているのだろう?
しぶしぶバトるなんて。
理想的には、感情的にならず、要点をついて淡々と話すこと。だけど、人間だからそんな態度じゃ事はうまくいかないんだ。逆に反感をかってしまう時さえある。
だから本当の理想は、相手に気を悪くさせずに、自分の意向も存分に伝えられ、理解してもらうこと。
これが非常に難しい。
これまで、なりふり構わず自分の意向をバシバシ伝えてきたとすれば、
いまのわたしは、体裁だけはサラリと取り繕い、なんとか意向も伝えたいのはヤマヤマに、結局は気の抜けた弱々しい感じでヘタに伝わってしまっている。
その間をいきたいのになぁ。
だから、一掃のこと、どうでもよくなっている気さえする。
ましてや正当化して、相手のためにそういうやわらかいスタンスでいようなんていう風にまでなっているかもしれない。
でもそれって、なんだかなぁ。思い違いな気がする。
ひとつ言えることは、
そこに情熱がないのはたしかだということ。
いくつか理由を考えてみた。
①当事者意識からはなれて客観的視してしまえるくらい、気持ちが入っていない。
-
②邪魔なプライドがない
+
③こだわりがない
-
④相手に対するあきらめ
+
-+は、そうだった場合に、自分としてはプラスな感情なのかマイナスな感情なのかどう思うのかという評価。
④を+っていうのは、意見がわかれますか
まぁ、いま振り返ると、その時は電話を切ったあとにトイレへかけこんで泣いたり、怒りで頭に血が上り、近くの人に言いつけたり、とても感情的になっていた気がする。
そこまで感情的なのに、当事者の相手に対しては、たいして何もいえない。
さらに、ちゃんと相手に言えとひとに言われると、すごくやりにくい。
しぶしぶバトっていたのは、自分の判断基準がなかったからじゃなかろうか。
こうしたい、こうにしておくほうがいい、こういうスタンスでいよう、ここは譲れない、あとは相手に合わせよう、などという
"思い"があれば、それで済むはずだ。
でもその"思い"って、
結局はその仕事に対する情熱だったり、好きだという原動力で、形創られるものなのだろうなあ
最近、ミルサーが手に入ったので、くるったように
フレッシュジュースを作りまくっています。
ゴールドキウイ&ヨーグルト
ゴールドキウイ&ヨーグルト
キウイ&ヨーグルト&グレープフルーツ
トマト&ヨーグルト
どれもおいしく、感動的!今夜作ったトマト&ヨーグルト、勝手に組み合わせてみたのだけど、シェイク風にまろやかになって、激うま!でした。
ずっとコンビニの炭水化物づくしの1ヶ月だったから、
体の内側からキレイを目指して、生まれ変わります!
肌も瑞々しくなりますように!
-レシピ模索中-
フレッシュジュースを作りまくっています。
ゴールドキウイ&ヨーグルト
ゴールドキウイ&ヨーグルト
キウイ&ヨーグルト&グレープフルーツ
トマト&ヨーグルト
どれもおいしく、感動的!今夜作ったトマト&ヨーグルト、勝手に組み合わせてみたのだけど、シェイク風にまろやかになって、激うま!でした。
ずっとコンビニの炭水化物づくしの1ヶ月だったから、
体の内側からキレイを目指して、生まれ変わります!
肌も瑞々しくなりますように!
-レシピ模索中-
瀬戸内寂聴が言ってた。
将来の不安がなんのって、そんなことを考えてる場合じゃないと。そんな暇あったら、いまを楽しめ!って。
最近、ようやく過重労働から解放され、時間のよゆう.心のゆとりができてきたから、
どうやって今を楽しむか、ちょっと考えてみよう。
なにを自分は楽しいって感じてるか。
はっはー
将来の不安がなんのって、そんなことを考えてる場合じゃないと。そんな暇あったら、いまを楽しめ!って。
最近、ようやく過重労働から解放され、時間のよゆう.心のゆとりができてきたから、
どうやって今を楽しむか、ちょっと考えてみよう。
なにを自分は楽しいって感じてるか。
はっはー
まえ
みょうに考えてしまった。
ある冊子のコラムに、震災の影響で離婚が増えたり、逆に結婚するカップルが増えたりと、
そんなところにサクッと切り込みを入れ、深くまで糸をとおすような印象で書かれているのをしみじみと読んだ。
危機的状況の時に相手がいかに自分を守ってくれるのか。連絡をとろうと必死になってくれるのか。はたまた‥
そういう状況にならない限り、決して知ることのなかった側面が明らかになり、ひずみがうまれたパターンも少なくないのでは、という。
そういえば、中学生の時なんかによくありがちな話を思い出した。
少年たちが教室で何かしらの悪さをし、
あーあと思って端から見ていた矢先に先生が訪れ た瞬間、仲間そっちのけで
独りだけ一目散に逃げて
隠れた男。
随分薄情だなぁとちょっとした衝撃を受けたものだ。
きっとそんな光景を目にする機会が重なっていくにつれて、男の人は外見じゃないなぁとか
バツの悪いシチュエーションでも堂々と立ち向かうような
頼れる人じゃないと困るよなぁとか
そんな思いがうすく重なりはじめて
なんかちょっとキケンな感じのする人がいいとか、 ありがちなモテ男への眼差しも、急速にひややかさを増し冷静に捉える様になっていったものだ。
ひとって、ほんと色んな顔があるもの。
最近、長年付き添っている大切な友人に関して、いままでわたしが知らなかった角度をみせてくれはじめている。
いままでそこにあったのに、見えていなかっただけなのか。どこかにあるな、とわかったつもりでいても、面にあらわれない分、0.001パーセントの側面、としか捉えていなかったのかもしれない。
かもしれないし、彼女のなかでも日々変化しているものでもあるだろう。
人の性格なんて、0.001パーセントの要素の重なりで作られているようなものじゃないだろうか。
その重なりをパッと表面化され
こういう傾向がある、こんな行動パターンがある、こんな風な思考癖がある、なんて"性格"って捉えられたりする。
ひとはひとの0.001パーセントの粒のひとつひとつを把握することは不可能に近い。それは日々変化し流動的なものでもあるから。
だから発見
を楽しめたらいいのだろうな。
ということで離婚カップルの話に戻ると
ほか、仮に1000億個以上 性格の粒が重なっているとしたら、ある0.001パーセントが勝るほどの
受け入れがたい不幸な粒の発見があったに違いない。
それってある意味すごいことだ。
強力な0.001パーセント。
そういえば東京事変の新アルバの題名は「大発見」だったな。
きかなきゃ。
みょうに考えてしまった。
ある冊子のコラムに、震災の影響で離婚が増えたり、逆に結婚するカップルが増えたりと、
そんなところにサクッと切り込みを入れ、深くまで糸をとおすような印象で書かれているのをしみじみと読んだ。
危機的状況の時に相手がいかに自分を守ってくれるのか。連絡をとろうと必死になってくれるのか。はたまた‥
そういう状況にならない限り、決して知ることのなかった側面が明らかになり、ひずみがうまれたパターンも少なくないのでは、という。
そういえば、中学生の時なんかによくありがちな話を思い出した。
少年たちが教室で何かしらの悪さをし、
あーあと思って端から見ていた矢先に先生が訪れ た瞬間、仲間そっちのけで
独りだけ一目散に逃げて
隠れた男。
随分薄情だなぁとちょっとした衝撃を受けたものだ。
きっとそんな光景を目にする機会が重なっていくにつれて、男の人は外見じゃないなぁとか
バツの悪いシチュエーションでも堂々と立ち向かうような
頼れる人じゃないと困るよなぁとか
そんな思いがうすく重なりはじめて
なんかちょっとキケンな感じのする人がいいとか、 ありがちなモテ男への眼差しも、急速にひややかさを増し冷静に捉える様になっていったものだ。
ひとって、ほんと色んな顔があるもの。
最近、長年付き添っている大切な友人に関して、いままでわたしが知らなかった角度をみせてくれはじめている。
いままでそこにあったのに、見えていなかっただけなのか。どこかにあるな、とわかったつもりでいても、面にあらわれない分、0.001パーセントの側面、としか捉えていなかったのかもしれない。
かもしれないし、彼女のなかでも日々変化しているものでもあるだろう。
人の性格なんて、0.001パーセントの要素の重なりで作られているようなものじゃないだろうか。
その重なりをパッと表面化され
こういう傾向がある、こんな行動パターンがある、こんな風な思考癖がある、なんて"性格"って捉えられたりする。
ひとはひとの0.001パーセントの粒のひとつひとつを把握することは不可能に近い。それは日々変化し流動的なものでもあるから。
だから発見
を楽しめたらいいのだろうな。
ということで離婚カップルの話に戻ると
ほか、仮に1000億個以上 性格の粒が重なっているとしたら、ある0.001パーセントが勝るほどの
受け入れがたい不幸な粒の発見があったに違いない。
それってある意味すごいことだ。
強力な0.001パーセント。
そういえば東京事変の新アルバの題名は「大発見」だったな。
きかなきゃ。
もうつかれた。
前回のブログは1ヶ月近くもまえのことなのに、同じ思いでいる。
確かにその間、任せてもらえる仕事へのやりがいで ワクワクしたりも し モチベーションも上がったり なんかして
いたんだけど
それとは別に
膨大な"作業"を長時間にわたり デスクに拘束されながら 休日もなかったり なんのためにと思ってやまない。
これをやり続けたって
わたしの心も 遠く彼方に存在する客先の心も なんら変わる訳じゃない
あー
絵でものんびり描いて
おいしいおかしでも作って生きたい
好きなドラマの"リバウンド"でも
みんなが食べて幸せになるトンカツ屋を継ぐのが私の幸せみたいなこと言ってたしなー
はたまたそうなりたくないのも事実
すべてから離れて宙ぶらりんなワクワクを感じたい
という訳でしばらく自分のことを遠くからみて、過ごす努力をしてみようとおもう
今はきっと自分により過ぎてて大きな空がみえなくなってる
開けた窓からしめった空気の匂いがして
地元を思い出して
中学時代の部活動なんかもあたまをよぎったりして
土と6月の空気の匂いが
ここ一番の幸せだった
前回のブログは1ヶ月近くもまえのことなのに、同じ思いでいる。
確かにその間、任せてもらえる仕事へのやりがいで ワクワクしたりも し モチベーションも上がったり なんかして
いたんだけど
それとは別に
膨大な"作業"を長時間にわたり デスクに拘束されながら 休日もなかったり なんのためにと思ってやまない。
これをやり続けたって
わたしの心も 遠く彼方に存在する客先の心も なんら変わる訳じゃない
あー
絵でものんびり描いて
おいしいおかしでも作って生きたい
好きなドラマの"リバウンド"でも
みんなが食べて幸せになるトンカツ屋を継ぐのが私の幸せみたいなこと言ってたしなー
はたまたそうなりたくないのも事実
すべてから離れて宙ぶらりんなワクワクを感じたい
という訳でしばらく自分のことを遠くからみて、過ごす努力をしてみようとおもう
今はきっと自分により過ぎてて大きな空がみえなくなってる
開けた窓からしめった空気の匂いがして
地元を思い出して
中学時代の部活動なんかもあたまをよぎったりして
土と6月の空気の匂いが
ここ一番の幸せだった
今日1日のプライベートの時間は1時間半で終わった。
カンタンに食事を済ませ、シャワーを浴びるくらい。
寝しなに音楽を聞けるこの時が唯一の、安らぎ。
出たかった電話にも気力がなくて出られず。
何のために毎日会社に行ってるのかと思う。
お金を稼ぐことって、大変だ。
そもそもお金を稼いで自立して生きるめに仕事をしなきゃいけないなんていう、
最低線のことを考えるしかないところまできている。
それでも、音楽には
いつも救われている。
sakai asuka /piano
late night alumni/the rest of you
frida /drops ...
カンタンに食事を済ませ、シャワーを浴びるくらい。
寝しなに音楽を聞けるこの時が唯一の、安らぎ。
出たかった電話にも気力がなくて出られず。
何のために毎日会社に行ってるのかと思う。
お金を稼ぐことって、大変だ。
そもそもお金を稼いで自立して生きるめに仕事をしなきゃいけないなんていう、
最低線のことを考えるしかないところまできている。
それでも、音楽には
いつも救われている。
sakai asuka /piano
late night alumni/the rest of you
frida /drops ...
咳を切ったように、食べ始めた。
ここのところ平日は心がすさむような生活をしていたため、
毎日の楽しみを見つけるのにも一苦労し、食べるものもとりあえず食べておくといった感じで
とくに特記することもなかった。
ここのところ、というのは誤りか。
先週くらいか。
今日は久々の直帰でるんるんしながら会社の人と軽く飲みにいき、ひとしきり
大好きな〝おやどり〟(ビールにめちゃめちゃ美味しい!)をほおばり満足したあと、
そうそうに家へむかう帰路のなか、2個入りのケーキを買って楽しみにしていた
ドラマ「リバウンド」の録画を見ながら全部たいらげ、そのうえラーメンを作って
食べた。
う、気持ち悪い。
思い起こせば、今日のランチでもチップスターを買ってひと箱食べた。
ますます、うわ。。
こんなに反自然食的なものを一気に口に入れたのはホント久しぶりだ。
一体、どうしたのだろう。
そんななか、体調管理のアプリではこのような状況がどんぴしゃに当てられていた。
ダイエットの項目では「不安定な精神から過食に走ることもあるので気をつけましょう」
キレイの項目では「ストレスを発散させて」
メンタルの項目では「気分が乱高下。気分よく笑っていたかと思えば、ぽろりと涙が出たり、
感情の浮き沈みが大きい様子。」等々。
人間、よく研究されてるなー。
気持ちにムラのあるタイミングの時は、それを自分で認識したうえで、じゃぁどうやって
対処するか、
とかいうことは、考えません。
仕方ないのです。
別に対処もしません。そういう状態になってしまうことがあるのは自然なことで。
とことん、荒れてしまえばいいと思う。
ただ、デブまっしぐらにならないように、明日は食事を抑えようと思う。
こんな矛盾も自然です
電車の窓ガラスが半分下がって空いてた。
風がひんやりとフワフワ
入ってきて、肺の中がすーっとした。
半分空いて風の入り口となっているところは
その奥が暗黒で
暗黒なのにガラスがない分クリアで
街灯や町の灯りが際立ってみえた。リアルな世界のきれいな黒をしていた。
その下半分には窓ガラスがあって
私たち乗客を反射していた。
色々な人の生活を少しだけ映し出していた。
いつまでも 窓の向こうの
静けさからくる すうっとした空気に当たっていたかった。
どんなときが、自分の一番幸せな時なのかと
ふと考えた。
相手の役に立ってるかもしれないと感じるときなのか、心穏やかなときなのか、 苦しいときなのか、つらく厳しいなかなのか、安らいでるときなのか、癒やされているときなのか、笑っているときなのか。
笑っているときは間違いないけれど、その間は突発的だったり、短期的なものだ。
そもそも幸せは 常に流れているものではなくて
日陰に差し込む
日向の様なものかもしれない。