4/24から6/20まで江戸東京博物館で開催している「冨嶽三十六景への挑戦 北斎と広重」、鑑賞してきました。

これまでも北斎と広重の富士シリーズを展示する展覧会は開催されてきましたが、本展はより踏み込んだ解釈により、風景画で双璧をなす北斎と広重の挑戦をストーリー展開で浮き彫りにする試みです。
入口に作品を再現。

「三保松原図」
広重が生涯手元に置いた少年時代の夢の原点ともいうべき一作。

一挙展示となる「冨嶽三十六景」全46図を含む作品はすべて「江戸博コレクション」。
「冨嶽三十六景 信州諏訪湖」
周囲を湖に囲まれ、浮いているかの様に見える「浮城」と呼ばれた様子を表現しています。

「冨嶽三十六景 相州梅沢左」
梅沢は、現、神奈川県二宮町。
富士と鶴の組み合わせによって、演技の良い図に。

「冨嶽三十六景 上総ノ海路」
船の帆と綱の三角の中に富士山の小さな三角形を覗かせています。

「冨嶽三十六景 相州仲原」
仲原は、現、神奈川県平塚市中原の辺り。
富士山の手前の山は大山だろうとの事。

「北斎の画質模型」
北斎は、本所割下水(現、墨田区亀沢)で生まれ、生涯に90回あまりも引っ越したと伝えられますが、この模型は83歳頃の北斎が榛馬場(現、墨田区両国4丁目付近)に娘の葛飾応為と暮らしていた時の画質を再現しています。

戦前期の広重研究の本には、広重が北斎の教えを願いに画室を訪れたことがあるという言い伝えが書かれていますが、北斎の傲慢な態度と不潔な生活ぶりに嫌気がさしたとか。
written by 灯(あかり)
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