残暑御見舞い申し上げます(._.)_
たぶん、自分に…一番見舞い言いたいかも…
暑い…
当たり前!夏は暑いのが当たり前!涼しければそれは秋、寒ければそれは冬、暖かければそれは春!
なんて…
知ってはいますが当然ですが、
しかし言いたいこのひと言。
「暑い!」
夏ですね、まっさかり。
また下らん出だしだな。
ちなみに…
江戸時代、大坂は将軍大名の居住地である江戸の巨大な消費生活をささえ続けた。天下の台所、である。
酒も、伊丹・池田・灘五郷の醸造業者によって大量につくられ、樽廻船で江戸に送られた。江戸付近でも酒はつくられたが、水がわるいのと技術の遅れのためにまずかった。
このため、江戸では下り(くだり~上方から江戸へ)の酒がよろこばれ、下らない酒はまずい、とされた。
このことからつまらぬコトやモノを“くだらない”(江戸弁)というようになったという説もある。
(司馬遼太郎著 「この国のかたち 三」 p.148-149 より 文藝春秋1992)
休みを頂戴し、徒然なる日々のなかにあって、
ややと思いて、奥から古くなったスニーカーを引っ張り出すことに、
朝早く、電車で新宿に立つ。
時に7時20分。
随分の時をして開園待たれる新宿御苑横を抜け、四ツ谷方面へ、
韓国大使館を過ぎる。
常にして厳重な警視庁の警備にあって、ややもすると、
国とくにとのあいだにあるもの、無きもの、いずれをも慮ると、
少々ものおかしくて、それを吐露せんと欲するこころ苦しくて、
先を急ぐ。
四ツ谷から市ヶ谷、飯田橋まで来ると、
そのつくり、川に沿うかたちでゆっくりと、ときをして、
やや狭き道ながら、深緑色に濁った川面を向こうに、
常に働くところ、いまはなにをかと思いて、ほくそえむ。
水道橋では、なにやら通勤の流れに逆行してしまい、
しかしなにかしら心地よかったのは、意地が悪いのか…。
東京ドームシティを横に御茶ノ水までゆるゆると坂を上り、
秋葉原へと抜ける。
時間が早いので、買い物したい気持ちを抑えて、
東京駅の方へと歩を進める。
そして皇居に着いた。
ランナーの嵐である。
ロンドンオリンピックも終焉した今となっては、
さらに市民スポーツ熱も盛況のことか、
いやはや、どこを向いても、カラフルなランナー着に武装した戦士たちが、
連なって同じ方向へと駆けてゆく。
ゆるりと散歩の身にあっては、なんだか恐ろしい。
はじめて皇居のなかに入る。
入場は無料。札を受け取り、退出時に返すだけだ。
しかしなんだか緊張する。はっきり言うと、私は親皇派ではない。
税金泥棒、とまでは公には言わないが、快くは思っていない派だ。ぶっちゃけ…
しかし、だからといって、貶そうとは思わない。
それはない。
他人が、尊ぶものは尊べという。まさに。
入城してすぐ、宮内庁三の丸尚蔵館で、「珍品ものがたり」なる展示会が催されていた。
早速入る。もちろん、タダ。
蒙古襲来図絵詞など、たしかにすごい(知識が浅はかな為、雰囲気で)品の数々だ。
図録を買ってこなかったのが惜しい。今度行く。
その後、居内をウロウロして、本丸跡から、東京を眺めた。
何を思ったかは記さない。それは、そこに立って、そこを眺めた人だけに去来する何かだ。
ここでは記さない。
札を返し、堀を後にする。
国会議事堂や最高裁判所、国立劇場を過ぎ、
最終目的地、靖国神社に着く。
賽銭を1円だけ投げ、二礼二拍一礼し、去る。
前に、かなり前に少し書いたが、
靖国は、その性格上、かなりに扱いに神経を費やす。
宗教的、国家的、政治的、歴史的にみて、
あまりに論じる点が多い。
合祀、分祀。
A級戦犯、全ての戦没者。
もうキリがないではないか。
ただ一つ、正確に記すべきことは、
あの戦争は誤りであったこと。
全ての戦争は誤りであること。
それだけだ。
それを除いて、それぞれの立場で議論しても意味はない。
立場が違えば、全ては違うのだ。
基本に戻ろう。
刑法は、殺人罪を規定している。
国家なら許されるのか?
死ぬ人は1人でも100万人でも、
死は死だ。
人を殺す、として殺人と呼ぶなら、
それがそうだ。
殺戮なら殺人ではないのかもしれない。
数の問題なのかもしれない。
1人を殺せば殺人者、
5人を殺せば凶悪殺人者、
10万人を殺せば殺戮者=独裁者。
数の世の中はもういい。
原点に帰ろう。
人を殺せば殺人だ。
理由はいろいろあろう。
しかし殺人なのだ。
そしてそれを先導する者も。
合祀だ、分祀だ、言っている場合ではない。
人が死んだのだ。
多くの人が。
罪は、内在している、すべての人に。
たぶん、自分に…一番見舞い言いたいかも…
暑い…
当たり前!夏は暑いのが当たり前!涼しければそれは秋、寒ければそれは冬、暖かければそれは春!
なんて…
知ってはいますが当然ですが、
しかし言いたいこのひと言。
「暑い!」
夏ですね、まっさかり。
また下らん出だしだな。
ちなみに…
江戸時代、大坂は将軍大名の居住地である江戸の巨大な消費生活をささえ続けた。天下の台所、である。
酒も、伊丹・池田・灘五郷の醸造業者によって大量につくられ、樽廻船で江戸に送られた。江戸付近でも酒はつくられたが、水がわるいのと技術の遅れのためにまずかった。
このため、江戸では下り(くだり~上方から江戸へ)の酒がよろこばれ、下らない酒はまずい、とされた。
このことからつまらぬコトやモノを“くだらない”(江戸弁)というようになったという説もある。
(司馬遼太郎著 「この国のかたち 三」 p.148-149 より 文藝春秋1992)
休みを頂戴し、徒然なる日々のなかにあって、
ややと思いて、奥から古くなったスニーカーを引っ張り出すことに、
朝早く、電車で新宿に立つ。
時に7時20分。
随分の時をして開園待たれる新宿御苑横を抜け、四ツ谷方面へ、
韓国大使館を過ぎる。
常にして厳重な警視庁の警備にあって、ややもすると、
国とくにとのあいだにあるもの、無きもの、いずれをも慮ると、
少々ものおかしくて、それを吐露せんと欲するこころ苦しくて、
先を急ぐ。
四ツ谷から市ヶ谷、飯田橋まで来ると、
そのつくり、川に沿うかたちでゆっくりと、ときをして、
やや狭き道ながら、深緑色に濁った川面を向こうに、
常に働くところ、いまはなにをかと思いて、ほくそえむ。
水道橋では、なにやら通勤の流れに逆行してしまい、
しかしなにかしら心地よかったのは、意地が悪いのか…。
東京ドームシティを横に御茶ノ水までゆるゆると坂を上り、
秋葉原へと抜ける。
時間が早いので、買い物したい気持ちを抑えて、
東京駅の方へと歩を進める。
そして皇居に着いた。
ランナーの嵐である。
ロンドンオリンピックも終焉した今となっては、
さらに市民スポーツ熱も盛況のことか、
いやはや、どこを向いても、カラフルなランナー着に武装した戦士たちが、
連なって同じ方向へと駆けてゆく。
ゆるりと散歩の身にあっては、なんだか恐ろしい。
はじめて皇居のなかに入る。
入場は無料。札を受け取り、退出時に返すだけだ。
しかしなんだか緊張する。はっきり言うと、私は親皇派ではない。
税金泥棒、とまでは公には言わないが、快くは思っていない派だ。ぶっちゃけ…
しかし、だからといって、貶そうとは思わない。
それはない。
他人が、尊ぶものは尊べという。まさに。
入城してすぐ、宮内庁三の丸尚蔵館で、「珍品ものがたり」なる展示会が催されていた。
早速入る。もちろん、タダ。
蒙古襲来図絵詞など、たしかにすごい(知識が浅はかな為、雰囲気で)品の数々だ。
図録を買ってこなかったのが惜しい。今度行く。
その後、居内をウロウロして、本丸跡から、東京を眺めた。
何を思ったかは記さない。それは、そこに立って、そこを眺めた人だけに去来する何かだ。
ここでは記さない。
札を返し、堀を後にする。
国会議事堂や最高裁判所、国立劇場を過ぎ、
最終目的地、靖国神社に着く。
賽銭を1円だけ投げ、二礼二拍一礼し、去る。
前に、かなり前に少し書いたが、
靖国は、その性格上、かなりに扱いに神経を費やす。
宗教的、国家的、政治的、歴史的にみて、
あまりに論じる点が多い。
合祀、分祀。
A級戦犯、全ての戦没者。
もうキリがないではないか。
ただ一つ、正確に記すべきことは、
あの戦争は誤りであったこと。
全ての戦争は誤りであること。
それだけだ。
それを除いて、それぞれの立場で議論しても意味はない。
立場が違えば、全ては違うのだ。
基本に戻ろう。
刑法は、殺人罪を規定している。
国家なら許されるのか?
死ぬ人は1人でも100万人でも、
死は死だ。
人を殺す、として殺人と呼ぶなら、
それがそうだ。
殺戮なら殺人ではないのかもしれない。
数の問題なのかもしれない。
1人を殺せば殺人者、
5人を殺せば凶悪殺人者、
10万人を殺せば殺戮者=独裁者。
数の世の中はもういい。
原点に帰ろう。
人を殺せば殺人だ。
理由はいろいろあろう。
しかし殺人なのだ。
そしてそれを先導する者も。
合祀だ、分祀だ、言っている場合ではない。
人が死んだのだ。
多くの人が。
罪は、内在している、すべての人に。

