「許されない。」

 ふいに突然、その言葉はやってきた。 繰り返し、繰り返した、その言葉は、消しゴムで、消しても、消しても、またすぐに、鉛色に映え、復活する。  

 クリスマス前の告解の夜、土曜日の19時、静かな県道を、若めな車がビュンビュンと飛ばしている。 空は寒さが星をきらめかせ、振るえる光りが青白く、濡れている。 車を降りると、湿った重い空気に、枯れる草や石が冷え固まる匂いがした。

 今日は、いつもの教会専任ではない、同じ教区の神父がやってきてくれての、告解の日。 僕はこの日を選んだ。 神父たちの罪人への配慮に感謝する。

 悔いたいことは明白だが、改めたいのか、わからない。 子羊たちの順番待ち、告解の前にお御堂で待つ。 一週間前に咲き誇っていた花瓶の花は、くすみしおれている。

 窓のない小部屋に入ると、古い香の香りがした。 お会いしたことのないアングロサクソン系の神父が座っている。 神父は告解の手順どおりに、淡々と表情を変えずに進めた。

 「…主を信頼し、包み隠さずあなたの罪を告白して下さい。」

 「僕は好きになってはいけない人を好きになりました。 許されない、と言う言葉を自分のものにできません。」

神父は一瞬僕を青い瞳で見、僕の後ろに目を移し、沈黙した。

 「…父と子と精霊の御名によって、私はあなたの罪を許します。 行きなさい主の平安のうちに。」

 僕は神父に言われたとおり、お御堂に戻り、指示された祈祷文を唱えた。

 「許されない。」

 自分を許すことができたら、許されるような気がした。 僕はもう許されて…いる。


 告解の後、今まで一番大事だった自分の思いに夢中になれず、鈍感になっているのがわかった。 自分より、人の気持ちが言葉になって聞こえてくるような思いが強くなり、自分への鋭敏さが損なわれている。

 クリスマス・イブの前の晩、教会で、互いの足を洗い合う儀式が行われた。

 初めての僕は、お御堂の椅子を払い、大きなテーブルに白い布を広げ、赤や黄色、ピンク、色とりどりの花びらを撒き散らし、夕陽めいた蝋燭の灯かりだけが、あたりを照らしているようすを見て、驚いた。 美しいままに死に行くものが生きている。 

 それを囲むように、祈りの後、順番に靴下を脱いだ信徒たちが、椅子に座った人の足に水をかけ、白いタオルで拭いて行く。

 離れた所に彼女がいた。 並んだ時、どういう順番のまわりか、僕の後に彼女が付いた。 

 どういうことなんだ…。

 気が動転して、先を見て憶えた、足を洗う手順が頭から抹消されたような気がした。 どんどん、回ってくる順番に時間は押され、僕はそれでも難なく、先の人の足を洗い、椅子に腰掛けた。

 彼女は膝まつき、娘の手を持ち、僕の足に白いホーローのピッチャーで、もう人肌ではない水をかけ、タオルで軽く押さえるように拭いた。 左手の薬指には金色の指輪が光っていた。 施しの儀式。 奴隷の仕事。 僕は頭を下げ、手をあわせた。

 彼女は娘を座らせ、足を洗ってやった。

 そして、椅子に座った彼女の足は、橙色の灯かりの中、細く白く、浮かんで見えた。

 罪を水に流す。

 僕は女の子に洗われた、足の汚れが落ちた軽さに、恥ずかしさを感じた。


 クリスマス・イブのミサの前の子どもたちによる、降誕劇は年々、慣れてきたのか見ごたえが増し、ヨセフやマリア役の子も大人びてき、リアルさが増している。 歌も年々、声が出てきている。 彼女の娘は天使役で、白い衣装に天使の輪と羽をつけてる。 ただ出てくるだけでも、かわいい。 みんなうれしそうに見てる。 

 それぞれがいろんな役目をしているから、劇が進んでいく。 見えないみどりごイエスを囲んで、みな誇らしげだ。 拍手が鳴り響く。

 無事に劇が終わり、みんな席に付いた。 普段の三・四倍は人が入り、ぎゅうぎゅう詰めになっている。 斜め前に背の高い痩せ型の男と距離をあけずに並んでいる彼女がいた。  

 夫だ。

 彼女はうれしそうだった。 娘と同じ白いセーターを着ていた。 やつのことを気にかけている。

 ♪「主はきませりー、主はきませりー」

 その時すっと、やつは彼女の手を握り取った。

 ♪「主はぁ、主はぁ、きませりー」

 彼女は反対の手で娘の手を握った。

 十字架にかかったイエスが見ている。

 クリスマス・プレゼント。



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