夏の下り坂をゆっくり歩く。

 息をつく涼しさがクール。 澄んだ僕は冷静に,,、僕に申したてる。

 「オモイハオモイ。 オモイハカルク。」

 だけど簡単にいかない自分の思いに、ホッとする。 熱い思いが溶け固まる、僕の氷結。

 僕はただ好きになった。 神さまに近い彼女が好きだ。 僕たち二人は神さまに向かってる。 いっしょに。 二人なら楽しいはず。 そして一人の時は知らず、彼女を知り、生まれた不安。 僕は一人で神さまに向かえるんだろうか。

 誰にも言わない、言えない、思い。 幻想。 夢。 現実離れした思いに漂う。 耳元には今はもう違う、虫の音。 足元の風は熱をおさめ、虫の音を育んでいる。 姿を見せず、危険を感じただけで鳴くのを止めてしまう、鈴の音。 側に近づけない。 捕まえられない。 捕まらないなら、このまま歌を聞かせて欲しい。 僕の手の中で鳴かせるのは、無理なのだ。

 ふいにミサにやってくる彼女の声を、歌を、目を閉じて聞く。 僕の手の中で、こうして歌ってくれるんだろうか。

 僕は綺麗なままの彼女でいて欲しい。 僕よりも先に、前に、彼女を神さまに近づけたい、差し出したい。 彼女に幸せになって欲しい。 彼女の方が僕より、神さまの手になれると思う。 僕は彼女が好きなのだ。 僕は彼女を愛したい。

 虫の演奏が終わったのと、草むらの穂が頭を垂れ、黄金色の稲の収穫が始まったのがいつか、はっきりしないまま、もうクリスマスの準備の話し合いが持たれた。 人は季節を知り、心に区切りをつけることができると言うが、僕はできるように、ただ生きてるだけだ。 季節はついておいでと、残酷に美しく誘う。

 今年もイベントは、学童部によるクリスマス降誕劇、ミサ後の立食パーティー、プレゼント交換と、例年と変わらない。 部員が両手に満たない、青年部部長の僕は今年、近くの駅にクリスマス・ミサのポスターを貼ることにした。 なにしろこの駅は、近くの二つの高校の生徒が乗り降りし、賑わっている。

 秋の庭の整理、教会の庭に落ちている松ぼっくりを集め、塀の側溝に落ちた紅葉を庭の堆肥にし、もみの木を鉢に上げ、今年もクリスマスの飾りつけが始まった。 老いも若きも楽しげに、教会中を飾っていく。 彼女もきて、母親グループの中で、馬小屋の飾りつけを子どもたちといっしょにしていた。 僕は教会の尖塔のイルミネーションを取り付け、梯子から降りた所で、突然彼女に声をかけられた。

 「ごくろうさま。」

 「ああ、ありがとう。」

 「高くて、こわくないの?」

 「もう慣れたよ。 今日は僕くらいしかいないし、登れるのは。」

 「クリスマス、雪がふればいいんだけど。」

と彼女。

 「ホワイト・クリスマスね…。 関東じゃ厳しいと思うけど。」

 「サンパウロじゃもっと、きびしいよ。」

ブラジルは夏だ。

 「サンタさんにお願いしてみようか?」

 「ありがとう。」

彼女と二人で笑った。 どこかで白い雪が舞ったような気がした。

 クリスマス・プレゼントの用意。 

 僕は帰りにショッピングセンターで、手のひらサイズの白ふくろうのぬいぐるみを買い、包装してもらった。 パーティーのプレゼント交換用。 雲の氷結、、白い羽。



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