四ツ谷駅から乗車する中央線は決まって混んでいる。他の沿線とは比べ物にならないほどだ。
「すし詰め状態」という慣用句が存在するが、その語源はまさしく四ツ谷駅から乗車する中央線のことなのではないかと、毒にも薬にもならない想像をしていた私は、乗る電車を間違えた。それも至って鮮やかに。
「えっ、あっそい」
快速と中央特快の差が未だに把握できていない東京生まれ東京育ちのクソ芋ビッチな私は、そう呟いた。ただでさえフラストレーションで溢れかえっている車内に「日本語が喋れない日本人」というあまりに不可思議すぎる悪玉菌がひとつ追加されたのだ。
居ても立っても居られなくなったクソ芋ビッチはもう一度同じ擬音の咳き込みをし、さもそれが整理現象だったかのような顔をしてその場を濁した。自画自賛ではあるが、ロバートデニーロ顔負けの名演技だったと言えるだろう。
目的の駅に着いた。
既に現時点で30分の遅刻が確定している。急がなくては。
だが、その駅の土地柄のせいかみんなが降りる様子は一向になく、おまけに降車扉までの道のりはかなり錯乱していた。
バックが人波にのまれて紛失した人、冤罪対策で両手を挙げながらベイブレードのようにくるくる回っている人、「精子 まさる」というハンドルネームで出会い系に夢中になっている中年サラリーマン。まさに大乱闘スマッシュブラザーズだ。
おれはそっと目を閉じた。
辺りは一瞬で闇に包まれ、聞き苦しい雑踏はゆっくりとフェードアウトした。
心臓の鼓動も聞こえない閑寂な闇で30秒ほど時間を過ごしたその時、あの音楽が聞こえてきた。
プププランドの曲だ。
そうか…そうだったのか…。
よれていた私の拳には生命が宿され、イカ飯のようにパツパツのお腹にもサイヤ人並みの腹筋が浮き上がってきた。
まさかのBGMの登場で一瞬にして士気という士気を鼓舞されたクソ芋ビッチは「降ります降りまーす!」の一言を頼りにウガンダゴリラのようなタックルですし詰め状態と化した人波に突っ込んだ。
腰の入ったゴンザレスタックルは見事敵陣を全て駆逐することに成功し、私は目的の駅へ降車した。
「うおっしゃあ!!!!!!!」
そう心の中で叫び、足取りに拍車をかけた私はそのままの勢いで改札へと走った。
バイーーーーーーーン!!!!!
無謀にも残高31円で改札を突破しようとしたクソ芋ビッチは、甲高い奇声によってその行く手を阻まれた。
札の入っていない一文無しの財布から断腸の思いでチャージをし、何とか改札を出た。
銀河レベルで方向音痴な私は駅員に目的の場所を訪ねることにした。
時間が迫っていたので誰でもよかったのだが偶然にも賢そうな駅員さんとばったり目があった。おれは感じた。
家々代々サラブレッドで親族は十中八九「官僚」もしくは大学教授。かつてこれまで圧倒的な知能指数で小中高大とあらゆる生徒もしくは先生たちを亡き者にし、もちろん彼にも「官僚」や「大学教授」というカルマが着せられているに違いない。もしくはそれ以上の職につけるのではないかと、親族からは栄光の眼差しを浴びていたことだろう。だが彼はそんな業は容赦無くかなぐり捨て、「地元を平和にしたい」という一心で中央線の駅員を選んだのだ。まさに好青年である。
一目があっただけでそう感じるほど、彼からは賢くて誠実なオーラが滲み出ていた。
彼なら大丈夫だろうと確信したクソ芋ビッチは場所を訪ねた。
すると彼はこう答えた。
「地図みねぇとわかんねぇわ…」
とんだクソ芋ビッチである。