「続・三匹の子豚」
作:森本航洋
年功序列の時代は終わった。
三番目のブタが王となり、二番目一番目のブタは捕虜となった。
「うぬの前で酸素を吸っていいと誰が言ったのじゃ?そんな暇があったら枕の中身を全てキャビアに変えといてくれ。最近寝つきが悪くてのぉ。」
「我が弟様よ、大変非力ではございますが、この街ではキャビアなんていう三代珍味を手に入れることなんて夢のまた夢でございまして。」
あまりの高級さに現代の鑑定士では査定額の決断が不可能と言われているほど重厚なソファーから腰を上げた王は手に持っていた白ワイングラスを二番目のブタに投げつけた。
その動向に戸惑いの文字はなかった。そう、彼はもう王なのだから。正真正銘。筋金入りの王。ビックバンが発生して以来、この世で初めてレンガで構築された家を造った建築業界における唯一無二のパイオニア。その圧倒的技術力によって彼ら二匹は命を救われた。以来、年功序列だったその兄弟の構図はまるで天変地異でも起きたかのようにひっくり返った。そして、捕虜となった。
脳天で花火となったグラスから透き通ったシャルドネの白ワインが飛び散る。
「少ない脳細胞をまた減らしてしまったかな?うぬがそうしろと言ったら黙って従うのが“捕虜”ってもんじゃないのかい?」
時計の音だけが響き渡る閑寂な部屋に白ワインの滴る音がアクセントとなってその部屋を奏でる。
「…畏まりました。」
二番目のブタは脇目もふらない駆け足で玄関から外に飛び出そうとした。
が、跳ね返された。
ダイビングをしようとして海に飛び込んだら、そこが全てスライムだったような感覚。
混然としたバックステップで足を崩し、尻餅をついた二番目のブタの前にRay-Banのサングラスが煌々と輝いた。
「歯車を…壊そうぜ。」
照りつける太陽光が少し雑な演出に思えたが、確かにそこには一番目のブタが立っていた。そう、一番目のブタ。彼も正真正銘の捕虜。あの日、ワラで構築された創造性の欠片も感じさせないその家はオオカミの手によって0コンマ数秒で淘汰された。まるでタンポポに息を吹きかけるように。トランプゲームで言うならば大富豪における都落ちを成し遂げた残念至極な長男。
王(3番目)>>>>>>>捕虜(2番目)>捕虜(1番目)
我が兄弟におけるこの構図はあの日から約15年間、一寸の狂いもない事実として確立し続けていた。
二番目は言った。
「ははは…歯車?」
もしや兄は俗に言う下剋上を果たしに来たのではないか。そのためのRay-Banなのではないか。短い時間の中でそこまで想像できた。
続けて、一番目は言った。
「これからは俺たちの時代だ!もう3番目の好きなようにはさせない!」
想像通りだった。単純にして明快。果実100%。体裁だけでここまで展開の読めるパターンも珍しい。専門学生の自主制作映画を見ているようだった。
…とは言え、こちらとしても非常に都合がよかった。
「兄貴…。」
だが相手は、本物の中のホンモノ。
頭の回転が早く、創造的。物事の抽象化が上手く、本質をつける。ぶれない信念を持っていて例外処理も素早い。白ご飯の代わりに脳細胞を食べているとも言われている。あらゆる天才が彼の前で跪き、井の中の蛙となった。
「誰かと思えば老けてる方の捕虜ではないか。どうしたそんな険悪な顔をして。まさかそのアルファベットの ℹ︎ の上の部分くらいしかない小さな脳みそでうぬに盾を突こうとお考えなのですか…」
気付けば二人は王のとこまで全力疾走していた。
“頭で勝てなければ身体で勝負だ。”
俺と兄貴の考えは一緒だった。
これまで15年間、ありとあらゆる肉体労働で筋肉を酷使していた二人はもうすでに人間のレベルを遥かに超越した腕力を手にしていたのだ。
「うおおおおおおおおおお!!!!!」
二人は飛んだ。
この無限に広がる宇宙の果てまで。
飛ぶ生き物が池の上を、天の大空の表を飛ぶように。
果たしてそこには万物の起源、いわゆる彼らの追い求める夢物語は存在するのだろうか。
私たちは彼らの背中にそんなことを想像する。
終わり。