ブルー隊員の日記 -2ページ目

誰にでもミスはある

『失敗の心理学』芳賀繁(日経ビジネス人文庫)


人間のミスは、大きく2種類に分けられるのだそうです。認識や判断の段階でおかすミステイクと、行動の段階でおかすスリップです。なんだか難しそうな話題で、理解できるか不安です。


この本ではまず前書きに簡単な質問がならび、これに当てはまるかどうかチェックすることで、自分はスリップが多いのかミステイクが多いのか診断ができます。

これにより本の内容に入り込みやすくなっています。なるほど、わかりやすい。安心しました。
で、チェックの結果、私は両方のタイプであることが判明しました。またいきなり不安です。
芳賀さん、私はどうすればよいのでしょう。いつの間にかこの本に救いを求めています。


さて、本文ではまずスリップとミステイクについて詳細な説明がされます。
スリップもその発生メカニズムにより6パターンにも分類できるのだとか。
それぞれに代表的な事例を紹介しており、あるあるとうなずくばかり。

そして、もう一方のミステイク。ここでは錯覚と勘違いについて重点的に書かれています。面白かったのは、人がリスクに対する判断をする場合、


    法則1  よい結果に関する判断ではリスクを避ける。
    法則2  悪い結果に関する判断ではギャンブルに賭ける。


という話題。
80%の確率で1万円もらえるのと確実に7千円もらえるのとどちらがいいかと聞かれると、大抵の人は確実に7千円もらえるほうを選ぶ(法則1)し、確実に8千円支払うのと90%の確率で1万円取られるのとどちらがいいかと聞かれると、大抵の人は90%で1万円の方を選ぶ(法則2)と。
確率的には損をする方をなぜか選んでいます。
芳賀さん、いいことを教えてくれました。この法則、応用してビジネス相手に交渉を有利に進める目的で使えませんかね。


で、本の後半は具体的に身近に起こるミスを取り上げて、それを防ぐ方法を考えるという展開です。
事例がたくさん載っているのでここがもっとも面白いところ。

冒頭、芳賀さんのこんな体験からスタート。


    ある日、初めてのお店に入ったとき、納豆に躊躇なく赤い

    ほうの容器の黒い液体を混ぜて食べたら、とんでもない味

    でした。ソースだったのです。


よくありがちです。でも、こんな自分のうっかりミスをいくつも披露する芳賀さんに救いを求めてよかったのかだんだん不安になってきました。


本の最終章では、ミスとの付き合い方について言及しています。
ミスはかならず起こるもの、人は必ずミスを起こすものだとまずは理解すべきだそうです。
そして、ミスの確率をできるだけ減らす方法を考え、一方でミスが起きても事故にならない対策を考える
べきだと。

また、発生したミスに対しては寛容に、違反に対しては厳しくなりなさいとも言っています。
日本人はこれができず、ミスに厳しく違反に甘いらしいです。
起きたミスに対して必要なのは、ミスをした人の責任を追及する事ではなく、その原因の究明ですからね。芳賀さんのおっしゃるとおり。
人間関係作りにおいても役にたちそうな本でございました。

中目黒ブック戦隊企画 団鬼六フェアを実施します


大好評、中目黒ブック戦隊企画のフェアのおしらせです。

(おそらく)週明けより、中目黒ブックセンターにてフェアを行います。

今回は『団鬼六フェア』です。


団鬼六と言えばSM小説。SM小説といえばおじさんが読むモノ。

いやいや、こんな面白いものをおじさんだけに独り占めさせてはなりませぬ。

ぜひとも若い方々にも堂々と読んでいただきたいと思っております。


そして、団鬼六といえばもうひとつの柱が将棋モノ。

マンガにもなった『真剣師小池重明』を代表とした将棋モノは、いずれも将棋指しの狂気、人間臭さが魅力的に書かれてます。将棋のルールを知らない人でも面白く読めますよ。


今回のフェアは一ヶ月程度続きます。

無人島では大音量でレコードをかけよう。

『無人島レコード』能地祐子+本秀康編(レコードコレクターズ増刊)


「無人島に1枚だけレコード(CDも可)を持っていくとしたら?」という質問をいろんな人に出して、その回答を並べた企画本です。
回答者はミュージシャン、音楽評論家など音楽関係者を中心に97名。
質問自体はありがちなのに回答が面白い。なぜかと言うと、回答者に与えられたスペースは1200文字もあるからです。


レコードのタイトルだけ回答するのであれば、回答者は自分がよく聴くレコードを選ぶか、読者にセンスがいいと思わせるレコードを選んで、そこで終わりです。
しかし、なまじ1200文字もあると、文章で笑いをとろうとする回答者がぞろぞろ出てくるわけですね。
ええ、人間の習性というものは、小学校の卒業文集にウケ狙いで”将来の夢”を書いたあの頃からちっとも変わりません。


さて、皆さんが選んだレコードはばらばらで、それを眺めるだけで十分面白いのですが、どうやら回答の仕方にいくつかのパターンがあるようです。

まず、無人島には電気がないからレコード聴けないでしょ!というお約束のツッコミを入れる一派。
このツッコミはかなり多くの人がしてます。
これはあくまで軽いジャブとしてすぐに本題に移ればいいのですが、もうこれを言うだけで満足しちゃってる人もいるようです。
残念ですがそこでいちいち笑うほど読者は優しくはありません。


その一歩先に行っているのが、レコードを実用的に使おう一派。
パブリック・イメージ・リミテッドのメタル・ボックスを選んだ田島貴男氏。その理由は、アルバムが缶に入っているから、この缶を料理用の鍋に使うんだそうで。

鈴木慶一氏もこの一派ですね。彼が選んだのはユーライア・ヒープ『対自核』。反射するジャケットが鏡として使えるとのこと。神経症患者は考えることが細かいのです。


さて、さらにもう一歩先に行くのはさすが漫画家、とり・みき氏。
ツッコミ一派と、実用的に使おう一派がいるだろうと的確な予想をした上で、その先を考える。無人島ネタをこれでもかと惜しげもなく披露してます。
面白いです。面白いんですけれどこの方、もうレコードの選択などそっちのけです。


おや、意外な回答者がいままでとは別の方向から攻めてますね。
萩原健太氏。レコードを1枚に絞り込めずあれこれ悩むであろう者に対し、このように厳しく喝をいれています。


      決めとけ。日ごろから。


用意周到。何が起こるかわからない世の中です。災害時の避難場所までの経路を覚えるのと同じ感覚で、日ごろから無人島レコードは用意しておくべきですね。
ちなみに、ブライアン・ウィルソン狂の萩原健太氏が選ぶのは当然ビーチボーイズの『ペット・サウンズ』と思ったら、違いました(ビーチボーイズの、別のアルバムでした。)。


さてさて、このように素直じゃない回答者がここまで多いと、実は質問に誠実に回答する一派が返って目立ったりします。まあ、回答者が戦略としてそこまで考えているかはわからないのですが。
この質問の出題者でもある野地祐子さんが、回答者としてはっぴいえんどの『風街ろまん』をあげてます。
人生最初のロック体験としてこのアルバムを聞いた7歳の頃の思い出を語り、その頃の東京へのノスタルジアとして『風街ろまん』を聴きたい、と淡々と語る文章が私には一番おもしろかったりします。
ちょっと卑怯ですね、野地さん。


結論。レコードよりこの本を持っていった方が無人島で暇がつぶせるかもしれません。

団鬼六で笑え

『女教師』団鬼六(幻冬舎アウトロー文庫)


私、SM小説を読むのが初めてで免疫がありません。
美人の女教師が生徒に責めまくられるという、世の男性生徒諸君のある種の禁断の夢をかなえた小説ですから、当然エロ満載ですが、正直私には読んでいて辛かったのです。
で、読んでいてどうしても気になる箇所がありまして。


なんと加奈子先生、すでに美しい体をさらけ出して緊縛されてます。
これから不良達は加奈子先生の下半身の身体検査をすると意気込んでます。
嫌がる加奈子先生をかついでベッドに運びだしました。


    ・・・不良達は加奈子の女の体臭と重量感に有頂天になって、

    お祭り騒ぎのように、ワッショイ、ワッショイ、と部屋の中を

    一廻りする。
    ・・・女番長達はそれを見て、手をたたいて笑いこけている。


さっきまでのエロから一転、この場面が、田舎の農村の秋祭りで神輿担いでるっぽいのです。
威勢良く神輿を担ぐ男衆と、農作業もおわってこの日だけはバカ騒ぎするおばちゃん達といった感じです。このおばちゃん達の笑い顔からこぼれる金歯まで勝手に映像が浮かびます。
いやいや、とてもこの後ねちっこいプレイをする不良達とは思えないんですけど。


別の場面でも。
今度は、不良達が後手に縛った全裸の加奈子先生を乱交パーティー会場に連れて行きます。


    全裸のスケ番達は緊縛された加奈子の肩や背中に手をかけ、

    わっしょい、わっしょい、と掛け声をかけるようにして広間の

    方に押し立てていく。


今度は担ぐ方も素っ裸ですか。素っ裸でわっしょいわっしょいって、不良というよりアホなんですけど。


濃いエロ描写の合間にチラっと見えるこんな笑いが、私のようなSM小説初心者にとってはオアシスで、ちょっとだけホッとするのでした。

このマンガでは、家族3人が食卓に座る位置がきまっていないようです。

『とうとうロボが来た!』Q.B.B(幻冬舎文庫)


小学生の新吉(シンキチ)の、友達とあそんだり親にしかられたりといった日常を描くマンガです。
ロボというのは、シンキチが名付け親になった子犬の名前です。


エンディングが私好み。
小学校鼓笛パレードとやらで、街の繁華街を小太鼓叩いたりラッパ吹いたりしながら誇らしく練り歩く小学生の一団と、シンキチをみつけて脇から列に駆け込むロボ。
将来に対しての不安とか難しさとかをなにも考えさせない、ある時点での一点の曇りもない明るさっていうんですか。私、それだけでよいものを読んだという幸福感に浸れます。


さて、ノスタルジーに浸れるマンガというのはどのように読めばいいのでしょうか。そういえば昔はこんな遊びをやっていたとか小学校ってこんなだったとかディテールを取り上げて懐かしむべきですかね。
個人的には、ここの家族のいかにもありふれた親子関係が、読んでいて安心できて好きです。


例えば、169ページ。親子は今日東京をはなれて福島に引っ越します。もう戻ってこないこの家から業者に頼んで荷物をすべて運び出し、最後に親子三人で家をでて駅に向かって歩くところ。右からシンキチ、母ちゃん、父ちゃんの順に横一列に並んで歩く後姿を書いたコマです。


      「永遠にかえらないのかぁ。。へえ。。ちょっとムナシイね」


オッ。たまにナマイキな口をきくシンキチ。さて、この後の親の反応。
まずは母ちゃん。


      「プッ」


いいですね、母ちゃんの反応。(あらあら子供だと思ってたらたまに真面目なこと言って、子供って不思議ね)なんて考えてそうな、いかにも親らしいほほえましい反応です。
後姿なので顔が見えませんが絶対そんな反応が顔にでてます。
そんでもって父ちゃん。


      「ははは、そ、人生ってのはムナシイんだ」


いかにも大人らしい、分かったような意見。でも実際は、(難しいこといいやがってコノヤロウ。荷物は重いし両手がふさがってタバコすえねえなぁ)なんて考えてそうです。後姿なので顔が見えませんが絶対そんな反応が顔にでてます。
類型的な親子像でしょうが、このマンガでは何も気にしないでそれを楽しむのがよいと思います。


さて、他にもディテールをチェックしてみましょうか。

106ページ。百科事典をなぜか廊下で読むシンキチ。読む姿勢が忍者座りです(方ひざ立てて座ってます)。私も、確かに子供のころは、決して自然ではないこんな姿勢ででっかい本を読んだことがしょっちゅうあるような。これってみんなやっていることなんでしょうか。


それから152ページ。夕食はカレーライスのようですね。オヤ、食卓にソースのようなしょう油のようなものがのっています。どっちなんでしょう。おかずがなにも見えないのでカレーにかけるのでしょう。
いずれにせよ、カレーにはなにもかけない派の我が家とは流儀が異なるので非常に気になります。

デパートの食料品売り場より魅力的な店の話

『平翠軒のうまいもの帳』中島茂信(えい文庫)


岡山県は倉敷にある食料品店、平翠軒で扱う商品の一部を紹介する本です。
右ページでは商品写真、左ページではその商品に対して平翠軒の店主である森田さんがコメントするという構成。


森田さんは倉敷の造り酒屋の3代目。金があるのでしょう。日本全国のうまいものを探し出し、有名無名を問わず自分が食べて納得したものだけを集めて店で扱っています。この店の商品の値段がおしなべて高い。でもどの商品にも食欲をそそられます。


さて森田さん、この本ではどれだけその商品がうまいのかを説明するのに、それを店で扱うにいたった経緯を説明します。その面白さや苦労話から読者は商品に対して興味が沸いて、思わず欲しくなるという次第。


たとえばこんな具合。

森田さんの姉の友達で、京都に住む一般の主婦が自家用に作ったちりめん山椒。これをたまたま土産にもらった森田さんが食べて感激。暇なときでいいからぜひ作ってくださいと頼み込んで説得に成功。今でもこの主婦が送ってきたちりめん山椒を店で瓶に移して、ラベルを貼って売っているという手作り感を文章でアピール。
食品添加物の知識もない素人が作っている商品ということで読者は商品に対する安心感が高まり、親しみもわいてきます。


それからこんなのも。
熊本の「ハモン・デ・クジュウ」でつくるハモン・セラーノ。製造元からは、熟成臭が強くて腐っているとクレームがつくので店に卸したくないと言われ、森田さんがきちんと顧客に商品説明をするという約束をしてやっと店に置かせてもらうことに。
読者は店と製造元との信頼関係がわかり、ここのハモン・セラーノがどれだけ臭いのかが気になってしょうがない。


こんなケースも。岡山の料亭「浜作」の牛タンシチュー。ここの料理人の横山さんは森田さんの学校の後輩で、森田さんがひいきにしているようです。
あるとき店で出た牛タンシチューを森田さんが食べて感激。早速こう切り出します。


      「横山、これをうちで売らせろ」
      「これは店のメニューなので、そういうわけにはいきません」
      「うるさい、作れ」
      ということで、晴れて平翠軒のプライベート・ブランド商品と

      して扱うことができるようになりました。


交渉人もびっくり「うるさい、作れ」の一言で説得終了。しかも説得成功。
「うるさい、作れ」と「ということで」の行間で横山さんの苦悩を察して笑ってしまうところに、またこの本の面白さがあるかと。

『阿佐田哲也フェア』を実施中です

5/12から、中目黒ブックセンターにてフェアを行っています。

今回は『阿佐田哲也フェア』です。

阿佐田哲也および色川武大の文庫本を合計14冊用意しております。

阿佐田哲也ではギャンブル小説、色川武大では純文学と、書く小説は分かれていますが、根本にあるテーマは同じ。自らの経験を元にした、彼が提唱する?いや、彼が逃れられない生き方がどの本にもたっぷりかかれております。


また、前回の『なりきりタモリフェア』も対象の本を増やして拡大版を実施中です。

今回は文庫本以外が非常に充実し、前回より濃い内容となっております。


今回のフェアは一ヶ月程度続く予定です。

太郎さんの話は芸術論以外もやっぱり面白い

岡本太郎『芸術と青春』(知恵の森文庫)


太郎さんの文章を読んだ人は知っているとおり、この方は文章がうまい。
表現は簡潔。そして言いたいことにブレがない。主張が素人にもよく分かります。

(↑なんてよくありがちなフレーズを書いてみたりなんかして。しかし本当ですかね、これ。もう一回確認してみましょう。
表現は簡潔か?うー。確かに簡潔ですね。
言いたいことにブレがないか?うー。確かに一貫してますよ。

で、主張が素人にもよく分かるか?すみません。私、ウソをついておりました。本当は40%くらいしかわかりません。

なぜでしょう。私の頭がわるいのでしょうか。まあいいや、先に進みましょう。
と、ここまで2005/5/15 22時ごろ、缶ビールをのみつつ追記)


それが理由でしょうか、1950年代に書かれた文章なのに今読んでもちっとも古くない。


太郎さんの芸術論や名言は他の本でもたくさん読めます。
この本では太郎さんがフランス留学時代の話をふんだんに語ってくれますので、これをたのしみましょう。
なんたってエロ話が笑えますので。


太郎さん、18歳からの11年間を絵画修行のためにパリで過ごしているんですね。
青春時代ですから、しっかりエロもあります。しかもフランス仕込みですから気品があります。こんな具合。


絵画修行が思うようにいかず悩む太郎さん。見かねた共棲中のエレーンヌが誘ったのでしょうか。
二人してデートにでかけます。しかし、ボートに乗ってみても一向に楽しくない。仕方なく散歩です。ふと気付くと鬱蒼とした森のなか。
おっと、エレーンヌが蔓に足をとられて転びました。


    倒れたまま、エレーンヌは片手をさしのべて、悲しげに叫

    んだ。
    「ここに来て!」


おや。


    私は傍らに寄って、エレーンヌを抱いた。


まあ、そうなりますね。


    彼女の全身は波打って、まつわり、愛撫を求める。


はい、きました。


    女体はすでに妖精に化していた。


もう私にはよく分かりません。参りました。とにかく妖精です。


    総身に、炎がゆらめいた。


太郎さん。燃えましたね。


    (一行空白) 

    今まで知らなかった澄んだ青空の下に、広いひろい世界が

    私の前に開けた。土も、太陽も、肉体も、悲しみも、歓びも、

    欲情も、すべて俺は肯定しよう。


太郎さん。先ほどまでとえらい変わり様。とにかくおめでとうございます。

と、まあ、この手の話がほかにもあるわけです。


面白いのは、太郎さんが芸術と青春(=エロです)の間で真剣に悩み抜いていること。
読んでいるこちらはそんなに悩むなと思いますが、太郎さんは芸術に向かうのと同じ熱さで
青春(=エロです)に向かっているんですね。
私なぞここまで真剣に生きられませんから、笑いつつ、しっかり感動してしまうわけです。

吉川さん(仮名)の、開けずにいられない話

段勲『鍵師の仕事 鍵穴の向こうに見えた12人の人間模様』(小学館文庫)


実在の鍵師、吉川さん(仮名)の仕事から、インパクトの強いエピソードを抽出したノンフィクション。


普段は都内で一般客相手に鍵屋を営む吉川さん。一方で、例えば警察や、国税局のいわゆるマルサからも仕事の依頼も受けます。マルサとの仕事の場合は強制捜査に同行します。
捜査中、マルサが見つけた金庫の鍵を所有者がどうしても出さない場合があるのだそうです。そんな時はマルサがこう一言。


          「では、しょうがありませんな。吉川さん、お願い

          しす。」


ここで吉川さんがマルサを掻き分けて金庫の前に登場。
車の修理工がもつような金属製のカバンから必要な道具を取り出し、なにやらかちゃかちゃと鍵穴につっこみ解錠作業。
数分~数十分で作業が終わると自分では金庫の扉を開けず、依頼主(この場合はマルサ)に開けさせるのがルールだそうで。


この一連の作業が実にスマート。職人の仕事のかっこよさにあこがれます。いいぞ、鍵師。
小学生のなりたい職業ランキング何位なのかが非常に気になってきました。
おそらく野球選手よりは上のような気がします。


さて、腕が立って口が堅い吉川さんのところには、警察や国税局以外にもとんでもない依頼がくるようです。
ある男からの依頼で開けてほしいと懇願されたのが、貞操帯。
女性が貞操帯をつけたときに(ストリッパーの衣装なんだとか)、男がたまたま見ていたテレビのドラマの泥棒のまねをして、鍵を使わずに千枚通しで鍵穴をこちょこちょいじっていたら鍵穴が壊れてはずせなくなったとか。まず、こんな男とつきあう女性が不憫でなりません。


初めての依頼に戸惑う吉川さん、とりあえず依頼主のマンションを訪問。
どんな体勢で作業をするか考えた後、女性を椅子に座らせます。女性の又の間に座り、ちょうどへその下の部分についてる鍵穴をじっとにらみつつ解錠作業開始。

手元が滑って肌に傷をつけてはいけないと、いつになく慎重です。


          解錠を着手してから約20分が経過した。すでに解錠の

          当たりはあったが、プロのストリッパーをこれほど間近

          に、しかも独占で観賞できるチャンスなど先にも後にも

          これ一回切りである。女房の顔がちらりと頭に浮かんだ

          が、吉川は時間をかけ”慎重”に解錠に臨んでいた。


”解錠の当たり”があると言っているのでもう鍵が開くはずなんですが。
この状態でもすぐには開けず、私のような素人にはおよびもつかぬ”慎重”さ。実にプロの仕事への執着心が伝わります。


この本、職人のかっこよさや面白い裏話が描かれるとともに、プロだからこそのプレッシャーだの厳しさだのストイックさだの後継者不足問題だのもしっかりわかる本でした。


ちなみに吉川さん、伊丹十三監督の『マルサの女』で、ラブホテル経営者の隠し金庫を開ける役で出演したらしいのですが、上映直前に国税局からクレームがついてカットになったそうです。残念。

坪内祐三は子供のころから坪内祐三だった

坪内祐三の本がたくさん溜まっている。連休中なのでちっと片付けるかと読んでみたのが、

坪内祐三『私の体を通り過ぎていった雑誌たち』(新潮社)

1958年生まれの著者が、小学生のころ初めて買った『冒険王』や『少年画報』から大学時代に参加していたミニコミ誌『マイルストーン』まで、それぞれの時代に出会った思い入れのある雑誌について記すエッセイ。


いやあ、坪内祐三って小学生のころから坪内祐三だったのね。

この方が雑誌に連載している日記などを読むと、まあ毎回不思議な能力と運とで、面白そうな古本を見事なタイミングで手に入れているのですね。その度に、この方が持つ、本のにおいをかぎ分ける能力にあこがれるわけです。
で、この本を読むと、その能力は中学時代あたりのツボウチ少年がすでに自然と身に着けていたことがよくわかって、とにかく感心することしきり。


さてこの本、坪内祐三ファンにとっては笑えるエピソードが意外と多いのですがそれは置いといて、個人的に好きなのは、まず『週刊プレイボーイ』についてのところ。
エロ雑誌(週プレのこと)買いたさに遠くの本屋まで自転車こいでいく高校時代のツボウチ青年。
しかも、通り過ぎる人たちに、エロ雑誌を買うのではありませんよという顔をしながらすばやくブツを購入するところなど、意外とわしらと変わらない高校生です。
しかし、そのころの週プレはエロ以外の小説や人生相談やコラムなど、総合雑誌として充実していたらしく、それらを読むためにも買う価値があったようです。
そこで、現在の週プレに対しても愛情に満ちた発言をしています。
(この本では多くの雑誌についてノスタルジーで語っているなかで、現在の週プレに対してのこの優しさは目をひきます。)


          かつての若者雑誌はそのすべてを丸ごと抱え込む、一つ

          の大きな総合雑誌であったのである(だからその意味で、

          唯一の生き残りである『週刊プレイボーイ』には、たとえど

          んなに時代遅れになろうとも、まだまだがんばってもらい

         たいものである)。


この部分、週プレを単なるエロ雑誌だと思って、毎週購入する私を軽蔑した目でみる女子に読ませてあげたいものです。まあ、実際今の週プレは単なるエロ雑誌ですけど。


それから、面白かったのが『本の雑誌』について。
1978年2月、予備校時代のツボウチ青年、とある本屋で『本の雑誌』を偶然見かけて衝撃を受けております。


          それは不思議なインパクトのある表紙だった。今思えば、

          のちの巨匠沢野ひとし画伯の人物像だったのだが、まだ

          「ヘタウマ」という言葉がなかった時代に、私はそのインパ

          クトをどのように自分の中で咀嚼してよいのかわからなか

          った。


雑誌の内容についても同様だったらしく、当時の『本の雑誌』の新しさが伝わってきて、初期の『本の雑誌』をリアルタイムで読んでいることがうらやましい。

で、おお!っとうれしくなったのが、この号である無署名のコラムに衝撃を受け、次の次の号で亀和田武なる未知のライターが書いたものだと知るところ。

今『en-taxi』で『倶楽部亀坪』を連載している二人の最初の接点はここだったのか。