こんばんは。

さっきね。ツイッターでこんなのを見かけた。
全く同じには書きませんが、要約します。
簡単に言えば、政治家の悪口を言っていただけなのだが、それは言論の自由と言えば、自由かもしれないが、その言葉は日本人、そして◯◯宗のお坊さん。
お坊さんが偉いとか人の上に立つとか、そんなことは思わないが、口の悪いお坊さんはいるという事実。

僕も感情的になれば口が悪くなるので、このお坊さんを悪くいうつもりはないが、お坊さんだから間違ったことは言わないとか、お坊さんだから不真面目な人はいないという、僕の変な固定観念は固定してはいけないと、今回はそう思いました。

善人は良い人。

禅人は僕の造語ですが、僧侶でもお坊さんでも善人であれというのもどうかと。

この世の中は肩書きがあまりにも強力過ぎて、看護師だから手当てしてくれる、警察官だから逮捕してくれるみたいな、明らかに外から見た固定観念が人の心に根付いてしまっているせいで、ひとたび事件が起きると、観た人の印象はものすごく良いかものすごく悪いかの、二極にしか針が動かなくなってると思う。
中庸とか普通とか良い塩梅、という計りかたが昨今は少ないように思えてならない。

極論を言えば、許すか許さないか。
これは怖いことである。

物事に良いと悪いしかないなら、どちらでもないという、日本人特有で武器にもなる「曖昧さ」が、認められないことになり、はっきりしろ!どっちなんだ!
という、グレーゾーンに存在することが、意見としての心も、物体として見える身体も、中途半端が許されなくなり、喧嘩ひとつとっても、「俺はどっちの味方でもないよ。」は通用しなくなるということになりかねない。

スポーツでいう引き分けがない世界。

これは怖くないですか?

エンジンのかかりが遅いのか、3月も半ばに入ろうとしてるところで、3つです。
まだ来てないのも含めると1つ増えて4つ。

今回はこちら。


ビールはあまり飲みませんので、飲める人にあげました。

自然の力は良くも悪くも圧倒的なパワーだ。

一瞬で1つの街を飲み込んでしまう津波。

誰があの時起こった事をすぐに理解できただろう?

理解する間もなく、津波に流され、亡くなられた人がほとんどではないか。

その一方で、同じ場所にいながら、自分の命を顧みず自分以外の命を助けた人も大勢いる。

サンドウィッチマンの伊達さんが、このアメブロで3.11についてブログを更新しています。
その中で僕が胸を打たれたのが、

この部分

自然の攻撃を受け、点数は沢山取られたけど…ようやくスリーアウトチェンジ。
次は人間のパワーの出番。(うまく言えないけど、野球でいうと。)

野球が大好きな伊達さんらしい、比喩。

判りやすいおねがい
そうだ!!と思いました。
自然の驚異、恐ろしさ、甚大な被害、被害の方ばかりに目を向けがちになるけど、もちろん被害は凄かった。
だけど、この7年の間、人間のパワー、人の力はそんな被害に屈することなく、確かなそして、純粋にこの街を復活させよう!復興させるんだ!
そうやって必死に皆さんがやってきた7年でもあります。

バスケで言えば、強豪チームと弱小チームが戦って100点ゲームで負けても、次があります。
負けた経験がさらに、もう負けないぞ❗と負けない心を作ります。
試合も攻撃する側、守備をする側と必ず攻守交代 するんです。
一方的に攻撃だけするチームはありません。
攻撃した後は守りに転じるのです。
さあ、今度は人間(俺たち)の番だ❗