こんばんは。
ネットの友達が(彼も障害者)、外出先で障害者の悪口を聞いて、世の中から消えて無くなりたいと、つぶやいた。
直接、彼に向かって放たれた言葉ではないが、多分、同じ飲食店で聞こえてきたと推測する。
僕らはネットのゲームの中でのみ、コミュニケーションをしている。
今回も、ゲームのメンバーは優しいから、それぞれが彼に言葉をかける。
気にしないで。
無視するのが一番。
僕も彼らと似たような言葉をかけたが、本当はもっと言いたかった。
でも、そこでは言わなかった。
なので、ここで言う。
自分のブログだから。
僕は彼を悪く言うつもりはないが、一言で言えば、もうちょっと強くなって欲しい!と思う。
僕も人に言える柄じゃないが、僕もどちらかと言えば、言葉に対しては打たれ弱いかもしれない。
昔よりは強くなったと思うが。
それは、弱いままでは現代を生き抜くにはあまりにも無謀であり、無防備だからだ。
バカ、アホ程度なら聞き飽きたし、聞き流すことは容易だが、こんなにひねくれた、よくこんな悪辣な言葉を思いつくな。と、思わず感心さえしてしまうような悪口は、聞き流そうとしても簡単には聞き流せないから、今回の彼のように打たれ弱い場合は、意識は外に向かわずに、自分の内に内側(なか)に向いてしまう。
しかも、自分さえいなければとか、自分が悪いと言うような自罰的になってしまう。
わかっている。
強くなれと言ってもそう簡単に、強くなれないからみんな辛い。
しかしだからこそ、僕は強くならなければならないと思う。僕自身が。
そしてもう一つは、以前もブログでも触れたが、去年の障害者殺傷事件で、犯人が言った、「障害者はいなくなれば良い」というこのフレーズ。
恐ろしいと思ったが、今回、間接的に障害者に対する悪口を聞いた、彼もこのフレーズを言ったのだ。
違う、そうじゃない。
障害者にしろ、健常者にしろ、いなくなって良い人間は1人もいない。
全ての人間は生まれたからには、寿命で死ぬまで生きるようになっている。
この世で起きている飢餓、災害、事件、戦争などは、簡単に言えば他人への恨み、憎しみ、羨んだりといった自分の外に向いた悪意、未熟な意識が見せている事象だと思いませんか。
今の時代、引き寄せの法則などの本が売れていて、それに似たような本も売れてますが、どれも結局言ってることはほぼ、同じです。
因果応報、綺麗な言葉を使いましょう、全てを許しましょう、他人は変わらない、自分を変えることが幸せへの近道。
こういったことを要約すれば、自分に素直に生きれば間違うことはない。
だから、ビジネスの能力に長けているのかもしれませんが、トランプさん。
難民を受け入れたドイツに対して、どこから来たのかわからない難民を受け入れたのは重大な過ちと発言。
難民を装ってテロを起こした事件も過去にありましたが、多くの場合は本当に助けて欲しい人ですよね。
その人達を受け入れる決断をした、ドイツは僕は素直に賞賛します。
ぼくは一貫して言ってますけど、言葉は本当に力がありますから、良い言葉、言われて嬉しい言葉とか、言葉は使いようだと思うのです。
だから、俺はダメだと言ったらダメになる可能性は高いし、俺はやるぞと言えばやる気が出るんです。