「米屋ですが、米ありません」一時閉店に追い込まれた店 コロコロ変わる農政に翻弄される事業者【衆院選2026】  

2/5(木) 17:03配信
毎日新聞

「米ありません」の張り紙をはがし、顧客にあいさつする「まつもと米穀」の松本泰社長(左)=京都府舞鶴市引土で2025年9月2日、塩田敏夫撮影

 コメ不足で閉店に追い込まれていた京都府舞鶴市の「まつもと米穀」が2025年9月、約5カ月ぶりに営業を再開した。店の正面のシャッターにあった「米屋ですが 米ありません 良質な米が安定供給できるまで店を閉めます ごめんなさい」と書いた大きな張り紙をはがした。集まったなじみ客から「待っていたよ」との声が飛んだ。3代目の松本泰社長(53)の目は潤んでいた。
 コメは日本の主食で、安定的に供給されるのが当たり前と考えられてきた。しかしここ数年のコメ不足と価格の高騰でそれが崩れた。今後、コメの生産や価格水準をどうするかは大きな問題のはずだが、衆院選では主要な争点になっていない。米穀店はコメ農家と消費者のはざまで苦悩している。【塩田敏夫、中津川甫、宮本麻由、山越峰一郎、渡辺暢】

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「店継がせられない」コロコロ変わる農政

ランチを始めた店内で地元産のコメを手にする松本泰社長=京都府舞鶴市引土で2026年1月、塩田敏夫撮影

 再開した店には地元・京都産のコシヒカリの新米などの銘柄米を並べた。店内の一部を改装し、コメを使ったランチ営業を始めるとともに、米粉を使ったワッフルなどを提供するカフェも開店した。
 ただ、最近のコメを巡る混乱には「仕入れや販売の現場で手に負えるものではない」と困惑する。コメは高値が続き、販売は決して楽な状況ではない。店の改装費用などで新たに約700万円の設備投資をし、閉店時に解雇した5人に戻ってきてもらったが、簡単な決断ではなかった。
 同業の仲間で廃業している人はいないが、このまま経営環境の厳しさが続けば、ここ5年ほどで廃業が相次ぐのではないかと感じる。松本社長は「従業員を守るため死ぬ気で頑張るつもりだが、最近の農政はコロコロ変わり、ビジョンが見えない。子供たちに後を継がせる商環境にない」と厳しい認識を示す。
長年取引の農家からも「回すコメない」

2025年3月に閉店の張り紙を出した松本泰社長。「じいさんの代から90年、米屋をやってきて寂しい、情けない気持ちです」と語った=京都府舞鶴市引土で2025年3月24日、塩田敏夫撮影

 まつもと米穀は1935年に祖父が創業。舞鶴市内では最大手の米穀店だ。15人の従業員を抱え、近年は農家から250トン、卸売業者から50トンを仕入れ、年間300トンを販売してきた。
 だが24年3月ごろから卸売業者、小売業者がコメを融通し合う需給調整が停滞するようになった。長年取引をしてきた農家からも次第に「回すコメがない」と断られるようになった。コメの絶対量が不足し、24年夏ごろからは急激に需給が逼迫(ひっぱく)した。
  25年に入り、国による政府備蓄米の放出に期待した時もあった。関係する業者に備蓄米を融通してもらえるよう頼んだが「コメを回すのは難しい」と実現しなかった。米穀店として必要量が確保できないと判断し、悩んだ末に閉店した。
 松本社長は「地元の京都府北部でも5年ほど前から、毎年春先になるとコメが足りなくなるのを感じていた。農家の高齢化や後継者不足など、従来あった農業の構造は揺らぎ、『令和の米騒動』の予兆はずっと前からあった」と振り返る。「地方の一小売店が感じていたことは専門の農水省は当然、認識していたのではないか」と首をかしげる。

 

 

 

 

 

 

 

すさまじいコメの争奪戦

 閉店がメディアで報じられ、全国から励ましの声とともに、多くの農家やコメ卸売業者が協力を申し出てくれた。一刻も早く祖父、父と続いてきた米穀店を再開させたかった。9月からの再開のメドをつけた。
 ただ、前年のコメ不足の影響もあり、25年産の新米はすさまじい争奪戦が起きていた。仕入れ価格は24年産の5割増と急騰。仕入れできなかった前年と同じ轍(てつ)を踏むまいと積極的に買い付けた。
 だが、再開後の販売は高い価格のため伸び悩み、想定の7割にとどまった。店を続ける資金の調達すら困難を極めた。
下がらないコメ価格

コメの安定供給に向けた関係閣僚会議で発言する石破茂首相(右)。左は小泉進次郎農相(いずれも当時)=首相官邸で2025年8月5日、平田明浩撮影

 25年産米は当初、夏の厳しい暑さの影響などで収穫の落ち込みが心配された。しかし実際には主食用米の増産などもあり、前年より収穫が増えた。そのため、コメの価格が下がる期待もあった。
 しかし26年に入ってもコメ価格は大きく下がっていない。農水省が発表した全国のスーパー約1000店で1月19~25日に販売されたコメ5キロ当たりの平均価格(税込み)は4188円。2週間ぶりに下落したが、21週連続で4000円以上だ。石破茂前首相が25年5月の党首討論で「(5キロで)3000円台でなければならない」と話したが、その水準で定着することはなかった。
 コメ価格の高止まりは、農業協同組合(JA)や民間の卸売業者が25年産米を農家から高く仕入れたことが背景にある。
 24年産米の仕入れが思うようにいかず、民間の卸売業者に「買い負けた」とされる各地のJAが、25年産米では農家からの仕入れ値を高水準に設定した。それを追うように卸売業者が価格を問わず、買い急いだ。
コメにこだわりなく

2025年コメの民間輸入量は24年の95倍に

 米穀店の悩みは全国共通だ。農家から直接仕入れた無農薬・減農薬米を客の好みに応じて販売する神奈川県の米穀店「すえひろ」の荒金一仁代表は「売れるのは安い価格のコメばかり」とため息をつく。
 昨年は小泉進次郎前農相が主導した随意契約の政府備蓄米が人気を集めた。それが一服した現在は、セールなどをして客の確保に力を入れる。ただ、物価高もあり、コメにこだわりがなくなっている人が増えている。荒金代表は「本当はもっとおいしいお米を食べてほしいが、コメ以外のものですませればいいとの意識が広がっている」と危機感を募らせる。
 国産米の価格高騰などを受け、外国産米の民間輸入が増えている。財務省の25年の貿易統計によると、この年の民間輸入量は9万6834トンで、それまで最も多かった24年(1015トン)の約95倍に急増した。コメの民間輸入が許可制から関税を払えば誰でも輸入できるようになった99年以降で最大となった。
 これに先立ち、政府は95年度から、外国産米を無関税で義務的に毎年輸入する「ミニマムアクセス(MA)」の枠(現在は約77万トン)を設定している。枠を超える民間輸入分は現在、1キロあたり341円の関税を課しているが、この枠外の輸入が増えた。スーパーでは西友やイオンが販売。外食大手のコロワイドや吉野家などが使用している。
 コメの動向に詳しい流通経済研究所の折笠俊輔主席研究員は「コメの価格が下がらないので消費者のコメの購入量が減少している。その一方、安いコメが欲しい人は海外から輸入した米国産のカルローズなどを購入している。国産米はだぶつき傾向にあり、このまま在庫が積み上がると、自分たちの利益を削っても値段を下げ、在庫を減らしていくことになるのでは」と懸念する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメの生産・販売・消費それぞれに課題

精米し袋詰めしたコメ袋を機械で動かす大規模コメ農家の塚田静男さん。米価が高騰しても経営はまだ楽になっていないという=埼玉県加須市で2025年10月21日、山越峰一郎撮影

 こうしてみてみると、コメの生産、販売、消費のそれぞれで問題が顕在化しているようにみえる。これらの課題に政治はどう応えるのか。
 「令和の米騒動」と呼ばれる一連のコメ不足と価格高騰に対し、石破前政権は政府備蓄米の放出を実行。価格は一時、5キロ3000円台半ばまで下がったが、その後反転した。石破氏は増産にかじを切ったが、高市早苗政権はそれを見直し、自民党の従来の政策である「需要に応じた生産」に回帰した。増産で米価が暴落すれば、農家の家計を守れず、かえって離農を促し、安定供給にならないとの考え方がある。
 今回の衆院選の公約で自民党は「需要に応じた生産・販売」を掲げた。さらに「すべての田畑フル活用等による国内の農業生産の増大」を明記した。
 フル活用は低迷する食料自給率の向上を意識したものとみられる。では、田畑のフル活用と、需要がなければ生産抑制(減産)も視野に入れる「需要に応じた生産」をどのように両立させるのか。埼玉県加須市の大規模コメ農家、塚田静男さんは「自然を相手にどう生産を計画的にできるのか。コメが取れなければお金にならないが、取れすぎても価格が下がってしまう」と実現に懐疑的だ。日本維新の会は「コメの生産増と水田の畑地化抑制」を主張する。
 対する中道改革連合は「単なる減反、増産ではなく、コメの安定供給を確保する」と表明。農産物の安定生産と自給率向上のため、農地の広さなどに応じて農家に補助金を出す「食農支払」の制度創設を掲げる。国民民主党もコメの農地面積に応じた「食料安保基礎支払」制度を打ち出した。塚田さんは「戸別補償をもらい、自由に稲作をしたい。そもそも(戸別補償でなくても)補助金なしには経営が成り立たない」と話す。
足りない論戦

衆院予算委員会で日本維新の会・池畑浩太朗氏の質問を受け、高市早苗首相(左)から「よくやってるね」と持ち上げられ、照れ笑いの鈴木憲和農相(右から2人目)=国会内で2025年12月10日、平田明浩撮

 与党と主な野党がいずれも自給力を高め、食料安全保障の充実を唱えるが、そのためには生産基盤となる地方や農村の過疎化や離農をどう食い止めるかという視点が欠かせない。問題の核心に迫る手立てを打てなければ、生産者は年々消えていき、主食のコメをはじめとした食料の安定供給はおぼつかない。
 折笠主席研究員は「一定の規模を維持し、万が一輸入がストップしたときに対応できるかまで考えるのが食料安全保障だ。今の補助金頼りのコメ政策からどう脱却し、発展させるかの論戦が足りない」と指摘する。

※この記事は、毎日新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。