ニューヨークのマムダニ新市長当選によって民主党の分断が急速に進む可能性も…ますます危険度を増すアメリカの近未来
11/11(火) 5:00配信
Wedge(ウェッジ)

米国最大都市であるニューヨークの市長にマムダニ氏が就くことはどのような意味があるのか(Splash/アフロ)
ニューヨーク市長選挙で、民主党候補ゾーラン・マムダニ氏が当選した。マムダニの経歴はこれまでのニューヨーク市長経験者と比べると異例な点が多い。アフリカ生まれのインド系移民で、イスラム教徒である。
【写真】注目すべきマムダニ氏の選挙戦略
同時多発テロでイスラム系のテロリストの攻撃を受けて大きく傷ついたニューヨークの市長選には、彼の宗教的背景は大きく不利となると考えられていたが、それを覆しての当選であった。
34歳という年齢は近年にない若さであった。マムダニより若い人物がニューヨーク市長となった記録があるのは130年以上前のことであり、しかも、当時は年齢も正確に記録されていなかったという説もある。
マムダニは、自ら民主社会主義者であると公言する急進左派であり、社会主義や共産主義を極度に嫌うアメリカ社会において、そのような人物が米国最大都市の市長に選ばれるのも異例のことであった。
マムダニにとって今回の選挙は、民主党の予備選挙に勝って同党の公認候補となっての挑戦である。ニューヨーク市は民主党が圧倒的に強いので、民主党公認候補にとっては市長選の本選は楽勝なのが通例である。ところが今回はそうではなかった。
なぜなら、予備選でマムダニに敗れた同じ民主党のアンドリュー・クオモ候補が、無所属で本選に出馬しマムダニに挑戦してきたからである。予備選で敗れたとはいえ、前ニューヨーク州知事のクオモは、父親も同州知事を務めた政治一家の出身で知名度も高く、多くの有力な支援者を抱えていた。
マムダニが公約で富裕層に対して増税すると宣言すると慌てた富豪たちは、クオモに巨額の選挙資金を投下した。ある大手化粧品会社の関係者は260万ドル、ヘッジファンド関係者は175万ドル、民泊企業の共同創業者も200万ドルといった具合に、日本円に直せば数億円という単位でマムダニの当選を阻止するために寄付したのである。
マムダニとクオモの異なるスタンス
この2人の候補者のバックグラウンドは大きく異なっている。片方が移民で無名の、経験の浅い州議会議員なりたての34歳、他方はニューヨーク州知事を3期もつとめた大物州知事を父に持ち、本人もクリントン政権において閣僚を務め、州検事総長を経て州知事を10年務めた67歳の大物である。
2人のスタイルを象徴する出来事がある。選挙期間中、地元チームのバスケットボールをマムダニもクオモも観戦したが、マムダニが後方の安い席で、地元の人々と交流しながら観戦したのに対し、クオモは汚職スキャンダルにまみれたアダムズ市長と共にコートサイドの特等席で観戦したのである。
もちろんマムダニが貧しい移民でないことは皆が知っている。父親はコロンビア大学の教授であり、母親は有名な映画監督であって、本人も恵まれていたと認めている。ただ、どちらが恵まれない市民に寄り添っているかは明らかであった。
トランプ大統領は、民主党のライジングスターであるマムダニを目の敵にして攻撃した。マムダニを共産主義者と非難し、そのような人物を当選させると、米国を「共産主義のキューバや社会主義のベネズエラのようにしてしまうだろう」と述べた。そして、あろうことか、選挙戦終盤には、自身の属する共和党の候補ではなく、民主党に属するクオモ支持を表明したのである。
第一次世界大戦後の赤狩りや第二次世界大戦後のマッカーシズムをみても明らかなように、米国は歴史的に共産主義や社会主義を毛嫌いしてきた。特に冷戦期には、ソ連との対抗上、政府が国を挙げて国民の間にその恐怖を煽ってきた。それによって醸成された恐怖心は根強く、これまで多くの民主党左派の候補がそのために落選してきた。
大統領に共産主義者のレッテルを張られるなど目の敵にされた無名で政治経験も浅いイスラム系の移民である候補が、大富豪たちの寄付をふんだんに受けた名門政治一家の前州知事を相手に、本選挙で過半数の得票を得て当選を勝ち取ることが出来たのはなぜだろうか。
マイナスにならなくなったイスラム系と「共産主義者」
イスラム系という点から見ていきたい。同時多発テロの直後であればイスラム系の市長の誕生は考えられなかったであろう。テロ直後にはイスラム教の施設やイスラム教徒へのヘイトが各所で見られた。
あれから24年の月日が流れた。その間、イスラム系の移民は良き隣人として米国社会で暮らしていけることを示してきた。また、イスラエルのガザ侵攻によってユダヤ系とイスラム系に対する風向きが変わったこともあろう。イスラエルを非難しパレスティナを支持する世論の盛り上がりによって、イスラム系であることが以前ほどマイナスとならなくなっていたのである。
これまで米国で多くの政治家を失脚させてきた共産主義というレッテルはどうだろか。「マムダニは共産主義者だ」というトランプの脅しは今回の選挙では通用しなかった。マムダニ自身が自らを民主社会主義者と公言していたにも関わらずである。
とくにそれは若い世代に影響しなかった。ABC放送の出口調査では、30歳未満の8割近くがマムダニ候補に投票していることが示された。この結果は、冷戦終結後に生まれた世代には、これまでのように共産主義の恐怖は浸透しておらず、それを煽っても以前のようには響かないということを示しているのではないだろうか。
ただ、なによりも重要なのはマムダニが掲げた政策の基本である物価高対策を中心とした生活支援であった。近年の米国では物価上昇が著しいが、中でもニューヨークやサンフランシスコといった大都市部では、食料品などの急激な価格上昇に加えて、家賃の上昇が度を越している。ニューヨーク市内のワンベッドルームのアパートの家賃の中央値はおよそ月60万円というデータもあるくらいである。
そこでマムダニは、公共バスの無料化、一部の賃貸住宅の賃料凍結、市営の食料品店の設置など、物価高に苦しむ人々を助ける公約を掲げた。この公約は生活に苦しむ人々の心に響いた。また、同じく社会民主主義的考えを持つバーニー・サンダース上院議員やニューヨーク州選出のアレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員といった著名な連邦議会議員からの支持を受けたのは大きかった。
マムダニの選挙戦略
ラッパーとして活動していたこともあるマムダニ候補は、SNSの使用にもたけていた。家賃凍結公約を浸透させるために、「凍えそうだ」と言いながらニューヨークの古くからある遊園地が面した冬の海に飛びこむ映像をはじめとして、短くて刺激的な映像を投稿した。また、世界中からの移民であふれるニューヨーク市の特徴に鑑み、英語だけでなく、スペイン語はもとよりヒンディー語やウルドゥー語といった様々な言語を用いてSNSで有権者に呼びかけていた。
SNSに加えてマムダニ選対は、10万人以上のボランティアが参加しての戸別訪問などのいわゆるドブ板選挙を展開してもいた。行き過ぎた資本主義に苦しみ、マムダニの社会民主主義的な考えに救いを求める若者や、自分は恵まれていても今のような社会はおかしいと考える若者が多く参加したのである。
トランプ政権下で移民に逆風が吹く中、マムダニは自らが移民であることを隠しもせずむしろ強調した。勝利演説において、自分を支持してくれた、「これまでの政治によって忘れ去られてきた人々」に感謝を表明すると述べて次のように列挙した。
「イエメンの食料品店主、メキシコのおばあちゃんたち。セネガルのタクシー運転手やウズベキスタンの看護師。トリニダード・トバゴの調理人、そしてエチオピアのおばさんたち」そして、「ニューヨークはこれからも移民の街であり続ける。移民によって築かれ、移民によって支えられ、そして今夜からは移民によって率いられる街だ」と喝破して喝采を浴びた。
むろん、マムダニが当選したからといって公約がすぐにすべて実現すると信じるほど彼に投票した人たちはナイーブではないだろう。予算をひねり出すには議会や州の同意が必要で、市長が一人で決められる話ではない。その一方で、マムダニ以外が当選しても庶民のために何かが変わる可能性もないということもわかっていたはずである。
これまで、民主党のプロの政治家がかわるがわる現れ、選挙期間だけ甘言を弄して当選していったが、何も変わらなかった。それなら、イスラム系かもしれないし、経験がないかもしれないが、この若者に賭けてみようと思ったのではないだろうか。だめでもともと、どうせほかの人なら100%変わらない、特にクオモ王朝とまで言われたクオモ家出身の元州知事には庶民の痛みはわからないと考えたのではないだろうか。
危険な領域に達しつつある米国の格差
それではこの選挙結果は将来に向けて何を意味しているのだろうか。注目したいのは、セクハラスキャンダルで知事を辞任し、政治家としてもはや死に体といっていいクオモに41.6%もの票が入っていることである。
これは「マムダニは嫌だ」という有権者の意思表示に他ならない。何が嫌かは、イスラム系が嫌、移民が嫌、自分の所有する物件の不動産価格が下がるのが嫌、自分の税金が低所得者のために使われるのが嫌など人によるだろう。
ここには民主党の分断が見えている。これまで移民や低所得者には全体的に優しい一方で、富豪にもそれほど厳しくもないという形でなんとなくふんわりとまとまっていた民主党であるが、マムダニの当選によって党内の分断が急速に進むことになるかもしれない。
7月にトランプが「美しい法案」と呼んだ減税法案が通過した。あまりにいろいろなものが詰め込まれ過ぎて、その正確な影響についてはいまだにわかっていないが、ある試算によると、最も貧しい層はそもそもほどんど納税していないために、この法律による控除が使えずにトータルで損をして、最も豊かな層が大きく得をし、中間層の多くは損も得もしないというのが大体のところのようである。また、この減税の費用を賄うのは、多くの部分が低所得者向けの健康保険の縮小によるというのである。
これではまるで貧困ビジネスのようにも見えなくもない。損もしなければ得もしない中間層が無関心になっていてこの法案は通ってしまった。
今回は、中間層が低所得者側についてマムダニが勝利したのかもしれないし、普通の中間層も低所得者のような暮らししかできない今のニューヨークの現状を表しているのかもしれない。いずれにせよ物価高による生活苦と格差の問題は危険な領域に達しつつある。
民主党にも起きる「分断」
トランプとマムダニの2人は対照的に見えるかもしれないが、ニューヨークで生活に苦しむ人々がマムダニに熱狂する様相は、ラストベルトで喘いでいた人々が、これまでのプロの政治家に権力をゆだね続けても何も変わらなかったが、トランプなら何かを変えてくれるのではないかとトランプに惹きつけられたのに似ている。同じように都市部の見放された人々は今回マムダニに賭けてみたのではないだろうか。
2人がそれぞれの党を分断させているところも似ている。トランプの登場により共和党が大きく偏り、ここにきて民主党も分断の兆候を見せている。これまで米国を安定させてきた中道寄りの民主共和両党が重なっている部分がますます細ってきている。今回のニューヨーク市長選挙は、分断が進んで危険度を増す米国の近未来の里程標なのかもしれない。
廣部 泉