そこら中に満ちているエネルギーのことを
精と呼んだ。
それを人間の体内に取り入れ精製したものを
気と呼んだ。
丹田に宿した気を
胎と呼んだ。
さらに精妙になったそのエネルギーを頭頂から放出する。
放出されたエネルギーのことを
神と呼んだ。
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道教の元になった古代中国の考え方です。
神とはもともと姿形のないエネルギーのこと。
つくりの「申」は雷のエネルギーを指すそう。
雷は、自然界で最も精製されたエネルギー。
「物申す」
のように、人間が発する言葉の意味で使われるようになったのは意味深ですよねー
神は人間から放出されるエネルギー。
言葉も人間から放たれるエネルギー。
武士は無口だったそうです。
発言ひとつで切腹という時代。
慎重に言葉を選んだそうな。
発する言葉のエネルギーに
気付いていた時代だったのかもしれません。
『背骨に呼吸を入れる』
ヨガの先生が使った表現です。
背骨に呼吸を入れて骨盤まで届かせたら
呼吸で腹腔を満たす
まるで、冒頭の
精・気・胎
のようではありませんか!
オレンジャーさんからも、
エネルギーチャクラは背骨にあると聞いたばかり。
三角形が織りなす模様を見た明け方
連想したマカバのイメージを使って瞑想をしました。
上の頂点から下の頂点へ流すエネルギーは
背骨を通るようにイメージしてみる。
上の頂点からと下の頂点からのエネルギーは
身体の中心で球体になるはずが
私のイメージではどうしても
ぶつかって横に大きく広がってしまう。
窓から見えた西の空
満月を撮ったらまさにそんな感じ!
満月に誘われて
海まで散歩に出かけたら
歩くって楽しい。
以前も書きましたが、
歩くのすら楽しいなんて。
朝のひんやりした空気を吸って
呼吸が気持ちいい。
呼吸することすら気持ちいいなんて。
ずっとこうしていたい。
ああその願いはもうすでに叶っている。
すれ違う人と交わす挨拶に「申」のエネルギーを意識してみました。
たどり着いた海は
つかの間、太陽と満月が同時に存在する世界でした。