2003/08/22 (Fri)横濱俳句倶楽部ほのぼのとから
小津安二郎の映画の題名ではない。
今日、引き売りの魚屋が持ってきたのだ。
ころっとして、しっかり脂の乗った美味しそうな秋刀魚。
当然、今夜のおかずは、秋刀魚の塩焼き。
しかし、今の我が家では、秋刀魚をそのまま火で炙って焼くことは出来ない。
もちろん、七輪を出して、外で焼けばよいのだが、それほどの時間も無い。
結局、フライパンを駆使して、炒めるように焼き上げた秋刀魚はそれでも美味しかった。
秋刀魚といえば、目黒。
これは、落語のお話。
このお話の元になったのは、今の、目黒区中目黒二丁目と三田二丁目の間にある「茶屋坂」という坂道なのだそうだ。
その昔、江戸から目黒に遠乗りに来た殿様(その名も松平出羽守)が、お腹が空いたので、近くの家の者に食べ物を所望すると、丁度焼きたての秋刀魚があったので、家人は慌ててそれを献上する。
空きっ腹に焼きたての秋刀魚が不味いはずも無く。
甚く喜んだ殿様は、お城に帰り、再び秋刀魚が食べたくなり、台所番に所望する。
そこに出てきたのは、ピンセットで一本ずつ骨を抜いたような、原形を留めない秋刀魚。
これはどこの秋刀魚であるか。
台所番は褒められたと思い、はは、日本橋の魚河岸より取り寄せましたと答える。
すると殿様は、秋刀魚は目黒に限る、と言われるのだ。
このお話を元に、ここ数年、目黒の秋刀魚マツリという熱い戦いが繰り広げられているそうだ。
片や、品川区にある目黒駅前商店街。
そして、片や、目黒区立田道公園。
互いに、それぞれの漁港を巻き込んでの大戦争だが、私は、諸般の事情で、前記の方へ、参加する。
無料で秋の味覚を味わえるのだから、一般の客としては、どちらもありがたいお話である。
秋刀魚は江戸時代から、狭真魚(さまな)、祭魚(さいら)として、庶民に親しまれてきた魚なのだそうだ。
俳句では、秋刀魚、さいら、の他に、秋刀魚網、として、秋の季語である。
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秋刀魚の不漁が始まったのは
この秋刀魚祭りの何度めかの頃だった
当時秋刀魚といえば
腹がぷっくりとして、背中は反って
まさに日本刀に相応しい体型をしていたのに
最近見かける秋刀魚は
その昔釣り船屋さんの桟橋で
ごく稀に釣れた針魚(さより)みたいにスマートで
健康な生活でも送っているのか
脂もあまり無く
それでいて高い
そんなことを書いていたら
今年は奇跡の豊漁
それも大層ふくよかな秋刀魚 と
それを見て、私はいいことを考えた
いいことを考えたというと
娘から
どうせ禄なことでは無いと言われるが
災害の時のために隠し持っている
七輪と炭で、こんがりと焼いた秋刀魚に
大根おろしと醤油をかけて
そこでふと、今の時代、庭でBBQどころか
家の中でさえ魚を焼いた煙は
近隣の迷惑防止条例に抵触する時代
正しく、ろくなことでは無い
結局電磁調理器で焦げない秋刀魚を食べるか
そんなことを考えていたら
振る雪に風流に手火鉢で暖を取りながら
振る雪や明治は遠くなりにけりと詠んだ
中村草田男を思い出した
焦げる秋刀魚や昭和も遠く
なりにけり哉