突然の死去に驚きました。
何故かというと、彼の生年月日が、1953年7月19日で、
私と同じ、花の二八組だということも大きいです。
彼のお父さん、中川一郎氏は、自殺を装った殺人説が長く流布されていましたけど、
当時診断書を改竄させた某氏が政界の第一線に復帰したことは、
今回にはあまり関係ないんだろうと思います。
一郎氏がホテルで亡くなったときは57歳だったそうですから、
昭一氏は親より一歳若くして死んだわけなんですね。
一郎氏はかつて、北海道の羆といわれるほどの豪傑で、また酒豪だったそうですけど、
本当のところは如何だったのか。親子二代、お酒に負けたのか…。
私は幼い頃から縁あって、側面から多くの政治家を見てきましたけれど、
子ども心にも、政治家の人たちのみならず、その家族の人たちって大変だなあと思いました。
私の親族は自民党の方を応援してましたけど、子どもの小学校時代の担任のご主人は
共産党の政治家であり、
夫の飲み仲間は民主党の政治家であり、それぞれに、家族の皆さんは大変なことだと実感します。
ただ、近か頃の政治家の方々を見ていると、何処かに、中川昭一氏と同じ、
sensitiveな印象を拭いきれません。
たぶん、時代が変わったのだと思います。
良くも悪くも、昭和の、胸板の厚い、また泥臭い、呑舟の魚のような政治家は、
もう現れることはないでしょう。
与党であろうと野党であろうと、政治家も変わったのですから、
国民もまた変わらなければならない、
そういう時にきているのだと思います。
マンモスマンションから、小戸数マンションの住民になったように
日本で暮らす国民一人ひとり、自分で自分を守る、そういう意識と覚悟が必要な時代。
多勢に無勢、偉い人が何とかしてくれる、という、昭和は遠くなりにけり、です。
大平総理の『最後の』演説の応援に駆けつけた、安倍元総理の父親、晋太郎氏が戸塚の駅の階段を
駆け上がっていく姿を、昨日のように思い出します。