父の日だから… その22 | Mona Khalifaのブログ

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ようこそ。
今日は晴れているのか曇っているのかよくわかりませんが、台風が近付いているためか風が強いです。
どうやら台風の速度が遅くなっているようです。それでも勢力が強いのは確かですね。
先日のノーベル平和賞決定のニュースは、今日も随分話題になっているようです。何と言ってもマララ・ユスフザイさんがとりわけ。
頭部(確か、首もだったか?)を撃ち抜かれながらも奇跡的な回復を遂げ、教育の権利確立を訴え続けていますからね。
以前は医師になるのが夢だったそうですが、今は母国パキスタンの危機を救う政治家を志しているとか。
1997年にパキスタン北西部カイバル・パクトゥンクワ州スワト地区に三人きょうだいの長女(弟が二人居ます)として生まれた彼女の名前は、19世紀のアフガニスタンで英国軍と戦い命を落とした勇敢なパシュトゥン人女性マラライに因んだものだそうです。そう言えば、新島八重もあの頃生きていましたっけ。まあ、新島八重は長生きしていましたけどね。
中国では名前負けは笑いの対象になると聞いた事がありますが、マララさんは名前負けは全くしていませんね。
父親のジアウディンさんは学校を経営し社会活動家としても知られていると言いますが、この父親の影響を強く受けて育った彼女が英国BBC放送に「日記」(ま、ブログでんな)を寄せ、イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」による抑圧を告発したのは11歳の時でした。父親の決断があっての事だったそうです。
当時のスワト地区ではTTPに抵抗した市民が処刑され、遺体が街にさらされる光景が常態化していて、遊び場は家の中庭に限られました。パキスタン軍による掃討作戦が始まる2009年春頃には家族離散を余儀なくされ、平穏とは程遠い生活を送っていたそうで。何処かの武将隊の紛い物とそのファンと関係者はつくづく恥知らずです。
さて、ぼちぼち、今年6月15日午後2時40分過ぎの岡方倶楽部に戻りましょう。
清盛隊メンバーに新たな動きがあったようです。