さて、今日もデザセン2011閉会式講評書き起こしをお送りします!

第2弾は鄭國鉉さんの講評と、
デザセンで印象に残った場面をお送りします。



「あれ?前回、前半戦って言ってたから、今回は後半戦じゃないの?」


…すみません、配分ミスで三部構成になってしまいました。




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■鄭國鉉さん(サムスンアートデザイン学校学長)

 今日、本当に後ろでプロセスが動くようにやってくれたスタッフさん、本当に素晴らしかったです。その支援によって、学生の皆さんが説明したり、色んな経験をしたと思います。


 あの、急に思い出したのは、旭山動物園…元の園長さんが言った話では、「今来る子供たちが10年あと、もっと動物を愛している大人になってほしい」という、そういう言葉、非常に頭に残ってるんですね。あなたたちが10年あと、もっといいデザイナーになって欲しいんです。

 私もプロとして、今まで30数年間やったんですけれども、実際あなたたちが発表してるその内容を見て、これからデザイナーがやるべき社会的な、サービス的なデザインは何かを、あなたたちが見せてくれたんです。本当に素晴らしかったです。いい体験になりました。本当にいい勉強になりました。ありがとうございました。




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■印象に残った話



伊東高等学校城ケ崎分校の『手話deトランプ』のプレゼンの後、
茂木さんが言った「簡単な方法に頼らない深いデザインを」
という話がとても印象に残っています。



茂木さんの話によると、
手話通訳者の方は、15分ずつ交代しながら手話通訳を行うそうです。
というのも健常者が手話を行った場合、ろう者(耳の不自由な方)が手話を行うよりも早く疲れてしまうためだそうです。


どうしてでしょうか。
健常者とろう者では、脳の働き方が異なるからだそうです。
ろう者の場合、特に問題もなく手話でのコミュニケーションをとることができるのに対して、健常者は手話でのコミュニケーションに不自由が生じてしまう…ということだそうです。


また、茂木さんが手話通訳者の方に、
「『スマートフォン』って、手話ではどう表すの?」と聞いたところ、
「こうやるんです」と、親指・人差し指の2本で画面をはじく動作をしたそうです。これで、スマホ。


これらの事に茂木さんは「健常者とろう者の、断絶そのものに面白さがある」
と感じると同時に、「手話のイマジネーションが非常に豊かだ」と感じたそうです。





伊東高等学校城ケ崎分校の皆さんは、学校で耳の不自由な方と接する中で、
「手話を簡単に覚えることはできないか」という問題の発見から、
「トランプで手話を覚えよう!」というひらめきに至ったそうです。

『デザインが問題を解決する』という大切な視点です。
マエキタさんか森本さんが言った、『デザインが心理的な障害をなくす手段になる』という話にも通じていくのかもしれません。



でも茂木さんの言った『断絶そのものの面白さ』という視点も、
示唆的であり、とても興味深いものだと考えさせられます。

「障害を越える」のではなく、「障害を許容し、コミュニケーションを再設計する」という発想でしょうか?
それは「そもそもコミュニケーションって何だろう?」という根源的な問いかもしれません。




こんな感じで、
審査員と出場校のやり取りの中で色々な話が広がっていきます。
「今年見逃しちゃったよー」という方は来年、是非見に行かれることをおすすめします!



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次回、いよいよラストです!
ラストは審査員長のご講評をお送りします!