高校の3年間は吹奏楽部に所属していた。
元々入部するつもりはなかったのであるが、
その時、たまたま練習していた曲が
シカゴ(70年初頭にブレイクしたブラスロックバンド)の
メドレー曲で、それに引き寄せられるように
部室のドアを開けてしまった。

僕は自慢ではないが、小中を通して音楽の授業で
2以上の評価をもらったことがなかった(5段階評価)。
フォークやロックは大好きだったが
学校の音楽など大嫌いであった。

部室のドアを開けてしまい、結局僕は入部した。
させられたという方が正しいかも知れない。
何故なら当時、吹奏楽コンクール出場人数の45人に
部員数が足りていなかったからだ。
与えられた楽器はホルン。
典型的なクラシック楽器で、派手なサックスや
トランペットなどのパートはすでに足りていた。

だが、面白いものではじめて見ると
好きなフォークやロックからクラシックやジャズなど
音楽の好みが広がり、猛烈に練習した。
2年生になる頃には楽譜を初見で弾けるまでになっていた。
しかしその一方で、男子校のクラブ活動である。
厳しさやシゴキを避けて文化系のクラブを選んだのに
シゴキの嵐。授業で教師に殴られ放課後は先輩から殴られた。
今なら大問題になるところだが、当時は当たり前。
また、先輩への挨拶は厳しく、校内はもちろん町中で会っても
「オッス!!」と腹の底から大声で挨拶するのが決まりだった。
これを怠ると鉄拳制裁が待っていた。
応援団でもないのになんでやねんという話だ。

後輩が入学すれば、僕も多少は威張れると歯を食いしばって
耐えたのだが、いざ入学すると可愛い後輩である。
あまりうるさくは言わなかった。
ただ、上級生にはつまらないことでシゴかれた恨みが募っていたのだが、
それを果たす機会が2年生の夏休みにやってきた。

続きは明日書こう。


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