ZAZ paris | Diarios de Varrio

ZAZ paris

いやぁ、かなりのお久しぶりで御座います!

ここんとこラインばっかりやってたんで、なかなかのアクセスサボりがパないですw
でも、アメブロを辞めるつもりは全く無いのでご安心を!

さてさて、今日は以前にも紹介したフランスからの超ビッグ・アーティスト、ザーズをまたまた取り上げちゃいます!





フランス音楽の個人的な意見としては、全く面白味の無いイメージが付き纏っています。
何故なら、メジャー感も無ければ、インディーズ感も無く、かと言って新しい事をしているわけでもないからです。

そんな時に彗星の如く現れたザーズ!

シャンソンを軸としたポップスやジャズを展開し、何と言ってもエディット・ピアフを思い起こさせる歌唱力とハスキー・ヴォイス。彼女の登場でフランス音楽のイメージが変わろうとしています!

今回、そんな彼女のルーツとも言えるシャンソンのカヴァー・アルバムを紹介します!しかも、出来立てホヤホヤwww





ザーズ  ~私のパリ~

01、Paris sera toujours Paris|いつものパリ

変わらぬパリという邦題もある。アルベール・ヴィルメッツ作詞、カジミール・オベルフェルド作曲により1939年に書かれたシャンソン。人気歌手モーリス・シュヴァリエが1942年、ミュージック・ホール(カジノ・ド・パリ)で歌った。この時のステージでは他に「素敵なフランスの香り」、「メニルモンタンのマーチ」等も披露され、ナチス・ドイツ占領下のパリっ子達の心を慰めた。
ギターのポンプ奏法が効いたアップ・テンポで、ザーズは快適に飛ばして歌い進めていく。


02、Sous ciel de Paris|パリの空の下

ジャン・ドレジャックが作詞し、ユベール・ジローが作曲した楽曲で、1951年に製作されたジュリアン・デュヴィヴィエ監督映画の挿入歌に採用された。映画ではジャン・ブルトニエールがアコーディオンを弾きながら歌っていた。他にモーリス・シュヴァリエ、エディット・ピアフ、イヴ・モンタン、ジュリエット・グレコ、イヴェット・ジロー等もレパートリーに入れている。


03、La parisienne|パリジェンヌ

作詞したのはフランソワーズ・マレ=ジョリスとミッシェル・グリゾリアで、作曲はマリー=ポール・ベルの手による1976年の作品。マリー=ポールは1970年代、パリのセーヌ左岸にあったシャンソンのライヴ・ハウス(レクリューズ)や(レシェル・ド・ジャコブ)等で歌い始めた。ピアノを弾きながら歌うスタイルを通している。パリにやって来た田舎育ちの娘がパリジェンヌでない事を嘆くが、実は健全な心の持ち主だったという内容。


04、Dans mon Paris|私の心のパリ

ザーズことイザベル・ジュフロワ、イラン・アブー、ティエリ・フォールが作詞を書き、ギヨーム・ジュエル、イラン、ティエリが曲を付けたオリジナル曲。マヌーシュ・スウィングのノリが心地良い。
パリのあちこちにある名所や有名なレストラン等は観光客に任せて、普段着のパリっ子達が自分達の時間を楽しむベルヴィルやメニルモンタンを案内してくれる。ザーズが歌い始めた頃に出演していた店(トロワ・マイエ)も出て来るのも楽しい。


05、Champs elysees|シャンゼリゼ

1970年代のフランス・ポップス界で大ブレイクした男性シンガー、ジョー・ダッサンの代表曲。「オー・シャンゼリゼ」という邦題もよく知られている。原曲はイギリスの「ウォータールー・ロード」で、作詞作曲はマイク・ウィルシュとマイク・ディーガンによる。1968年、サイケデリック・バンドのジェイソン・クレストが歌った。
69年初頭、プロデューサーのジャック・プレはジョー・ダッサンにBBCから流れてくるこの曲を聴かせた。ジョーは直ぐにメロディーの魅力に惚れ込み、フランス語で歌う事を決意する。そこで作詞家ピエール・ドラノエは「ウォータールー・ロードって何?」と尋ねた。ジョーは答える。「ロンドンにある通りの名前で、パリのシャンゼリゼみたいなものさ。」タイトルは決まった。同年の5月にシングル盤が発売になると全世界で巨大なヒットとなり、ジョーはアカデミー・シャルル・クロ大賞を授与された。
クインシー・ジョーンズのプロデュースにより、ジョン・クレイトンがアレンジを担当している。ホーン・セクションが華やかなサウンドを響かせ、シャンゼリゼ大通りの賑やかさを再現する。


06、A Paris|パリ

バスティーユ広場にほど近い、庶民的なラップ通りに生まれたフランシス・ルマルクが作詞作曲し、彼自信が第二次世界大戦が終わって1年後の1946年に初めて歌っている。同年、ルマルクは男性歌手イヴ・モンタンにこのシャンソンを歌ってくれるように持ち掛けたが断られた。そこで、ルマルクはエディット・ピアフにこの曲を提示したところ、彼女はその素晴らしさを認めたが録音には至らなかった。ピアフはその時、レオ・フェレが作詞作曲したシャンソン「パリの恋人達」を歌う事になっていたからだった。
ザーズはこのパリ讃歌を、コーラス隊と一緒に伴奏無しで歌い上げている。


07、I love Paris - J’aime Paris|アイ・ラヴ・パリス

アメリカの作詞作曲家コール・ポーターが書いた楽曲。19世紀のパリ、モンマルトルのダンス・ホール(バル・デュ・パラディ)の女主人と、若くて真面目な刑事が織り成すラヴ・ストーリーを描いたエイブ・バローズ作のミュージカル「カン=カン」の主題歌。1953年にブロードウェイで初演され、トニー賞のミュージカル助演女優賞、振付賞を獲得した。フランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルド、ナット・キング・コールら多くのアメリカ人シンガーが取り上げている。
ここではザーズがカナダ、モントリオール出身の女性ジャズ・シンガー、ニッキー・ヤノフスキーとデュエットでスキャット合戦を繰り広げる。フランス語訳詞を書いたのはベルギー出身の歌手、マテュー・ボガード。
クインシー・ジョーンズがプロデュースした曲で、ジョン・クレイトンがバンドを指揮している。


08、La romance de Paris|パリのロマンス

シャンソンのシンガー・ソングライターとして第二次世界大戦前から活躍したシャルル・トレネが作詞作曲し、自ら歌った作品。
昼はペンキ屋職人として稼ぎ、夜はミュージック・ホールで歌う若者を主人公にした映画で、トレネが主演していた。フランスの人気歌手夫婦、ジャック・デュトロンとフランソワーズ・アルディとの間に生まれたトマ・デュトロンがデュエットに参加している。冒頭で聴けるザーズによるカズー、トマによるトランペットの口真似が楽しい。


09、Paris canaille|パリ野郎

フランス語のスラングが沢山出て来る歌詞を書いたのはレオ・フェレで、作曲も彼自信の手によるシャンソン。フェレはこの作品をイヴ・モンタンやムルージに歌ってもらおうと提示したが何れも断られたので、自分で歌う事にした。やがて、女性歌手カトリーヌ・ソヴァージュも歌うようになる。
ザーズのヴォーカル先行で始まり、ソヴァージュよりも更に自由奔放に歌い進めて行く。


10、La complainte de la butte|モンマルトルの丘

ジャン・ルノワール監督映画「フレンチ・カンカン」の挿入歌。ジャン・ギャバン扮するアンリ・ダングラールがミュージック・ホール(ムーラン・ルージュ)を再建する物語で、エディット・ピアフやアンドレ・クラヴォー、パタシュウ、ジャン=ロジェ・コシモンといったシャンソン歌手達が出演した。
映画の中でエステル・ジョルジュ役のイタリア人女優アンナ・アメンドーラがこのシャンソンを歌うシーンがあるが、彼女は歌えなかったので、実際は女性歌手コラ・ヴォケールが代わっている。
ザーズのヴォーカルが先行し、アコーディオンがパリの雰囲気を盛り上げる。


11、J’aime Paris au mois de Mai|5月のパリが好き

シャルル・アズナヴールが作詞作曲した1950年の作品。彼はこの曲をピアニストでアレンジャーだったジャン・レクシアと共にドイツでレコーディングした。が、ヒットとなるには1955年まで待たねばならなかった。ジャクリーヌ・フランソワ、イザベル・オーブレ、フランシス・ルマルク、クロード・フランソワといった歌手達も歌った。
ここでは原作者のアズナヴールがデュエットに加わり、抑え気味ながらザーズのヴォーカルをサポートする。レコーディング風景を記録した映像では、アズナヴールはザーズの才能を称えて’’ザズナヴール’’と洒落を言っている。
この曲もクインシー・ジョーンズがプロデュースし、ジョン・クレイトン率いるビッグ・バンドの醍醐味が味わえる。


12、Paris, l’apres-midi|パリの午後

モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)のジョン・ルイスが作曲した「アフタヌーン・イン・パリ」が原曲。オリジナル録音は1956年12月7日、パリで行われた。自ら楽団を率いていたレイ・ヴァンテュラがオウナーだったヴェルサイユ・レーベルからレコードが出た。彼の甥に当たるギタリストのサッシャ・ディステルや、テナー・サックス奏者バルネ・ウィランの若き日の演奏が残されている。
このスタンダード・ナンバーにフランス語歌詞を付けたのは、ザーズの仲間イラン・アブーとティエリ・フォール。パリの午後、辻公園で陽の光を浴びながら、心に抱いた苦しみや悲しみを癒す場面から始まる。セーヌの岸辺を歩き、観光船や居酒屋といった何気無いパリ風景を描き出していく。
ザーズのスキャットが全開で小気味良い。


13、J’ai deux amours|2つの愛

ジェオ・コジェとアンリ・ヴァルナが作詞をし、ヴァンサン・スコットが作曲した1930年の作品。クリシー通りにある名門ミュージック・ホール(カジノ・ド・パリ)で、同年に上演された「蠢くパリ」の中でジョセフィーヌ(ジョセフィン)・ベーカーによって歌われた。彼女がこのシャンソンをレコーディングしたのは1930年7月の事だった。
ステファン・フィレ、ジャン=マルク・レノ、エリック・フィレ、エマニュエル・ヴァンサン、ヴァレリー・ベリンガによるゴスペルのコーラスが華やかさを添える。ザーズとエリック・フィレのデュエットも楽しい。


14、I love Paris (Frenzy version)|アイ・ラヴ・パリス

スロー・ヴァージョンがアルバムを締め括る。インプロヴィゼーションの様にして歌い出し、全体にシャウト気味に、よりフリーな歌い方が展開される。ザーズは全て英語で歌っている。






Vive la chanson