ROCK 'EM ALL SERIES | Diarios de Varrio

ROCK 'EM ALL SERIES

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今日は、休みなのでチョイとやりますか。
ペニーワイズもオフスプリングも、アメリカン・パンクス皆が影響を受けたバンド「バッドレリジョン」

<メロディック・ハード・コア生誕30周年を誇れる真実のバンド>

LA周辺を拠点とするバッドレリジョンの結成は80年。81年にデビューEP「バッドレリジョン」、翌年1stアルバム「ハウ・クッド・ヘル・ビー・エニィ・ワース?」をエピタフからリリース。独自の地位を確立するが、83年に発表した「イントゥ・ジ・アンノウン」で失墜。何を思ったかアダルトなサウンドを作ったらしく、バンドは未だ再発していない。84年にブレット・ガーウィッツが抜け、ギターにグレッグ・ヘトソン(サークル・ジャークス)が加入し、EP「バック・トゥ・ザ・ノウン」をリリース。パンク・ロックにカム・バックした。この後、暫く活動は停滞していた様だが、87年にガーウィッツが復帰。翌年にリリースしたのが「サファー」だった。このアルバムでバッドレリジョンは、”メロディック・パンク/ハード・コア”と言うべきサウンドと学者肌の歌詞のスタイル(ヴォーカリストは博士号を持つ程のインテリ)を確立し、後続のバンドに絶大な影響を与えるわけだ!その後「ノー・コントロール」89年、「アゲインスト・ザ・グレイン」90年、「ジェネレイター」92年、新機軸を打ち出した「レシピ・フォー・ヘイト」93年、という感じでコンスタントにリリースしていく。
そして、遂にメジャー・レーベルと契約!まだ殆どアンダーグラウンドだった当時のパンク/ハード・コア・シーンでメジャーに関しての賛否両論が渦巻く中、アンディ・ウォレスを共同プロデューサーに迎えた「ストレンジャー・ザン・フィクション」を93年にリリース。しかし、間も無くガーウィッツがエピタフ運営に専念する為脱退。新たにブライアン・ベーカー(元マイナースレット、ダグナスティー)を迎え入れる。96年に「ザ・グレイ・レース」、97年にライヴ盤「テスティド」を発表。98年には、シンガーのグレッグ・グラフィンのソロ「アメリカン・リージョン」に続き、「ノウ・サブスタンス」をリリースする。不変の硬派なアティテュードはもっとリスペクトされても良い。

通算12作目「ザ・プロセス・オブ・ビリーフ」02年、で原点回帰した!!!!!
世界最大のインディー・パンク・レーベル=エピタフと、アメリカン・ニュー・パンク/メロディック・パンクの立役者=バッドレリジョンが密接な関係にある事は今や周知の事実だが、80年に活動を開始したバッドレリジョンが自らのレコードをリリースする為、ギタリストのブレット・ガーウィッツ(現エピタフ社長)が中心となって翌81年に設立されたレーベルがエピタフである!
その後バンドはメジャーへ移籍、ブレットもバンドを脱退して社長業に専念する為、別々の道を進むが、この12作目で古巣レーベル「エピタフ」へ復帰!更にはブレットもバンドに戻り、ここに新生バッドレリジョンが誕生した!!!!!
アメリカン・パンク/メロディック・ハード・コア・シーンの基盤を築き上げたエピタフの歴史を考えると、バッドレリジョン、そしてエピタフ無くしては現在のパンク・シーンは無かったと言っても過言ではない!パンク・シーンの歴史にとっても、パンク・ミュージックの総括としても、新たなパンク・シーンの始まりとしても重要な歴史的バンドなのである!
このバンド、前代未聞の3ギターバンド!メタルの世界でも殆ど見る事の無い3ギター編成のバンド。
パンクに3人もギター要らねぇだろってツッコミたくなるわ。
しかし、コーラスはパないぐらいキレイで重厚!タワレコでコーラスが流れた瞬間に購入を決めたぐらいグッと来るモノがあったし、おふざけ無しのシリアスなパンクを聴かせてくれる。
何かに対して本気で怒れるのは素晴らしいし、美しい!!!!!
最後に、グリーンデイに言っておく!
FUCK OFF!!!!!