面白戦争エピソードファイル<4>
さぁ、エピソードも中盤になりましたが、世間は大飯原発のデモが拡大してますね。ここは一丁、彼等がどこまでやれるか見守りたいと思います。
さて、昨日に引き続き、第4エピソードの今日は「バカ友!?イタ(痛)リア」です!
「あの国の戦車はアルジェの原住民を追い回してりゃ良いんだ。」と言った人がいる。あの国とは勿論イタリアの事であり、言ったのはエルヴィン・ロンメルその人である!
DAK(ドイツアフリカ軍団)と言えば、神出鬼没「砂漠の狐」と呼ばれたロンメル将軍と、かの有名な88mm砲の大活躍で、ドイツでも特に名の知られた師団ではある。(画像参照)実際には兵力こそ約12万とそこそこの数を揃えていたものの、半分はヤル気の全く無いイタリア兵であり、戦車300輌、航空機150機程度のドイツ全軍から見ればごく小さな部隊であった。それもその筈、元々、ドイツはアフリカなんかに出兵する気は全く無かったのである。イギリス本土上陸戦「アシカ作戦」を事実上放棄し、イギリスの早期占領を諦め、ソ連との戦争準備を急いでいたドイツにとって、わざわざそんな場所へ送る程の余分な戦力も、戦略的意義も無かったのである。
それが何故、貴重な戦力を裂いてまでそんな事をしなければならないハメになったか?
ひとえにドイツのバカ友、イタリアのお陰である。彼等はドイツとは違い、戦争をする気は全く無かった。だが、同盟国たるドイツが快進撃を続けるのを目の当たりにして「もしかしたら俺達でも出来んじゃね?」と考え、何の準備も無いままいきなりバルカン半島及び地中海の対岸に攻め込んだのである。当然の事ながら、装備も貧弱で命令系統すら整理されておらず、オマケに士気も最悪なイタリア軍はその全ての戦線で、殆ど何の勝利も上げないままひたすら負け続けた。それどころか、このままではイタリア及び地中海側から逆にイギリス軍の上陸すら招き兼ねない。そう決断したドイツ軍は慌ててイタリア支援の為、アフリカ及びバルカン半島へ軍の派遣を決定したのである。
ここでもし、イタリアが勝つ、とまでは言わない、地中海及び自国の防衛にだけ徹していたら?と仮定するとドイツは結構良い所まで行けたのではないだろうか?
枢軸側として参戦予定だったユーゴスラヴィアのクーデターはイタリアのせいではないとしても、1ヶ月はバルバロッサの開始は早まったであろうし、当然そちらに回していた戦力も対ソ連に投入出来る。そうなるとモスクワが陥落していた可能性は大、である。仮にバルカン半島だけでもイタリア軍に任せる事が出来ていれば、更に1ヶ月は早く対ソ連が開始、ほぼ確実にジューコフと冬という、2人?の偉大なソ連の将軍が来る前にモスクワの攻略が可能だった筈である。勿論、モスクワが落ちたからと言ってソ連が降伏するとは考え難いが、取り敢えずアメリカ参戦前にウラル以西の支配権さえ確たるものにしてしまえば、その後の戦局もかなり変わって来た筈である。何と言ってもウラル以西のソ連は資源の宝庫だ!
結局、2年間に渡って殆ど満足な補給も受けずに戦い続けたDAKは、華々しい名声だけは残したものの、増援に送り込まれたティーゲル戦車は研究捕獲され、エル・アラメインの勝利によってイギリス軍の士気は上がり、挙げ句に地中海を失ってイタリアからの連合軍の上陸を許してしまう、ドイツにとって良い事は何も無い戦場であった。
1943年、ドイツアフリカ軍団最後の戦闘が行われた時、ドイツ軍の稼働車両は3号突撃砲が僅かに7輌、対するアメリカ・イギリス連合軍側はM4を中心に600輌以上。
「地雷原など戦車で踏み潰してしまえ!そんな物はアメリカが幾らでも持って来る。」
これはその時のイギリス軍指令官モントゴメリー将軍の言葉である。
イタリアのバカさ加減にはホトホト呆れますね。
ロンメルさんは、戦場で捕獲した敵の武器や車両は何でも使っていました。アフリカ戦線を離れた後は、何と将軍達によるヒトラー暗殺計画に参加したがバレてしまい、1944年に服毒自殺してしまった。なお、第1次世界大戦でも戦果を上げている。
機械化された歩兵部隊は貴重であり、8輪重装甲車はDAKの目であり、情報が勝敗の決め手でした。
88mm砲は、元々、高射(対空)砲だったんだが、改造を施し車高を低くして対戦車用に生まれ変わったのだ。これ以降、戦車殺しの異名を取る様になる!ベルリン防衛戦でも使用され、海外戦争ドラマ「バンド・オブ・ブラザーズ」では、現存する貴重な当時の本物の88mm砲を使って撮影が行われました。(第7話の雪原の死闘で登場)
さて、次回は「恐怖と強さ」について書こうかなと思ってます。
まだまだ続くぞ!
der narr

