NAZI | Diarios de Varrio

NAZI

Diarios de Varrio-20120420_2773711.jpg

戦争史に興味の無い人は知らないかもしれないが、ドイツを倒したのはアメリカではなく旧ソ連(ロシア)だ。
ドイツは、独ソ不可侵条約を無視し、ソ連へ進行するバルバロッサ作戦を発令した。
ニュアンス的には似てないが、これは日本が眠れる獅子アメリカを叩いたのと同じで、ドイツにとってはソ連は眠れる獅子だったのだ!
そしてドイツ軍を襲ったもう1つの敵、それは冬季の寒さだった!今でもロシアでは、アイスクリームの方が暖かいと感じるくらいの厳寒の地!これが原因でモスクワを落とす事が出来なかった。
じゃあ、暖かくなるまで待って攻勢に出ようと言う事で、夏季になると第二次ソ連進行ブラウ作戦を発令。
この作戦は、コーカサス地方を越えて油田確保を目的とした作戦であったが、既にソ連は焦土作戦や後退作戦等で対応し、軍の増強を強めていった。
そして、スターリングラードの戦いでドイツが大敗北し、この戦い以降ソ連がドイツを押し戻し始める。
ドイツが誇る重戦車ティーガやパンターよりも、装甲や攻撃力を凌ぐ戦車をソ連は既に開発していた。特にバルバロッサ作戦時でも、ソ連は突撃戦車系や中型戦車Tー34等、ドイツに対して互角か1歩先を行く様な兵器を開発していた。
終戦間際には、ソ連は日本に宣戦布告。中国や満州に展開していた日本軍に対して攻撃を開始。まさに、象と蟻の戦いで、ソ連の圧倒的な戦力に日本軍はまともに戦う事すらままならなかった。
この戦いで終戦を迎え、捕虜になった日本兵や日本国籍の朝鮮人に満州国の民間人は、一般的には「シベリア抑留」と限定して言っているが、実際はソ連の勢力圏内全域に、強制労働者として送られた。捕虜というのは名ばかりで、非人道的な扱いを受けて多くの捕虜は祖国の地を踏む事無く死んでいった。
故に、これはポツダム宣言やレーニンの共産主義に背いた行為として、1993年にエリツィン大統領が日本に対して謝罪の意を表明した。
一方、アメリカはソ連の進行スピードに負けてしまい、ドイツには1番乗り出来なかった。結局は利権争いでソ連と冷戦という事になってしまう。
冷戦は、アメリカの資本主義・自由主義が治める西ドイツ、ソ連の共産主義・社会主義が治める東ドイツに別れ、ベルリンに東西を分ける壁が作られた。(因みに、朝鮮戦争やヴィエトナム戦争は、この冷戦と深い関わりがある事も知っておこう。)
しかし、この壁はある政治家の失言が原因でアッサリと壊され、同時に冷戦も終わった。
面白い話があって、もしドイツがソ連を降伏させていたら、三国同盟国イタリア以外の欧州は既に占領しているので、大規模な欧州国家が誕生したであろう!そして、イギリス政府はカナダに亡命、残すはアメリカだけになる。しかし日本軍は、この様な好機が来ても大した戦力にはならんだろう。精々アジア止まり。
日本の戦車は、アメリカのライフルすら弾けないお粗末な装甲で重戦車等は皆無だった!歩兵のライフルに至っては、日露戦争で使ってたお古という、信じられない装備だった!
あ!そうそう。昔、セガ・サターンのゲームで「千年帝国の興亡」という、ドイツ軍が主役の攻略ゲームがあった。
基本的には負け戦なので、ステージが進むにつれ状況は悪くなる一方なんだが、条件を満たしてクリアして行けば面白い話で言ってたように、ソ連やアメリカまでも降伏させる事が出来て、世界を征服するというシナリオがあった!
1度だけ世界征服したが、やはりアメリカよりソ連の方が強い印象があった。
ソ連地方は、天候が目まぐるしく変わるので、航空支援や地上部隊の移動の減退等、クリアしても条件に添えなかったりする様々な問題が起こったりして、なかなか難しかったのだ。
攻略戦争ゲームの中では、最高に面白いゲームだったよ。コンセプトも意外性があり、士官学校での試験及び軍籍登録、天候変化に加え、悪天候が続くと泥沼や積雪の発生、朝から深夜までのターンシステム、地上部隊と航空部隊のマップ分離、条件クリアで総統からの御褒美やレヴェルアップシステム、BGMもドイツやイタリアの軍歌(歌詞デタラメ)が流れたり、登場国の国歌やマイスタージンガーやワルキューレ等、クラシックの曲があったりとなかなか凝ってた。
俺の兄弟がいつもヒトラーについて言う事は、「ヤツは南極で生きている!」
バカバカし過ぎて聞く度に笑ってしまう。
間違っても海外で、ナチスの敬礼や鍵十字のマークを見せてはイケないよ!特に無血占領されたフランスではね。
sehen wir uns wieder